お土産
アルカディア王国王都に戻り、宿をとってゆっくり過ごす。
ループスを宿の部屋まで入れてあげられないのが残念でならない。どうにかして解決策を見いださないと。
今度、各方面に相談してみよう。
一晩ゆっくりして、ギルドに顔をだす。
「レイラさん久しぶり。」
「ひゃい!お、お久しぶりです。ハヤト様。」
突然俺に声をかけられて、ビクンと肩を震わせるレイラさん。俺の担当の受付なんだからレイラさんの方に行くことは決まっているのに、この驚き様は非常に残念である。
レイラさんのギクシャク感は時間では治っていなかったようだ。
「1ヶ月半ぶりくらいか?意図せず長い旅になってしまった。」
「2週間ほどで帰って来ると思っていたのですが、どこまで行っていたのですか?何かあったのではないかと心配していました。」
レイラさんは、なんとか平静を取り戻し、ある程度は普通に接してくれる。
「オルコット卿が、そのままムスペリオスまで行くって言い出してね。大幅延長だ。」
「ムスペリオスと言えば、正確な情報が出回っておりませんが、魔王が出現したとか。おケガはされていませんか?」
どうやら、ムスぺリオスの事件は噂話として広まりつつあるらしい。
元の世界と比べて通信技術が乏しいために、情報の伝達速度が遅く感じるが、こんなものなのだろうか?もしかしたら情報統制がされているのかもしれない。
国の管理する施設には、通信用のマジックアイテムがあるので、王宮の方には正確な情報がいっているはずだ。
実物は見た事無いが、国家間のやりとり出来るほどの大がかりなモノは貴重でそうそう使われないのだろうが、魔王出現のニュースで使わなかったら使いどころがわからない。
小規模のモノであれば、Sランクのマキナのゴーレムにも搭載されていたし、魔石の技術は便利なのか不便なのか判断に迷うところだ多々ある。
「あぁ。アンデッドロードが出てきて勇者と冒険者が協力して倒した。多少ケガはしたけど問題ないな。」
ギルドのレイラさんですら正確な情報が入って来ていない以上、ムスぺリオスで語られている情報以上のモノを喋らない方が良いだろう。
特に俺に関する話は黙っておこう。
「大丈夫ですか?あまり無茶はしないでくださいね。」
レイラさんは、ペタペタと俺の手を触ってケガが残っていないかを確認する。本当に心配してくれていたようだ。
ただ、あんまり真剣に確認されると、気恥ずかしいのでやめてもらいたい。
「わかってるよ。・・・あんまり見られると恥ずかしいんだけど。」
「す、すみませんでした。そういえば、ムスペリオスではちょうど武闘大会が開かれていましたね。ご覧になられましたか?」
レイラさんは顔を赤くしつつ手をパッと離し、少し顔を背けて目を合わせないようにしながら、強引に会話を切り替える。
「いやー・・・観たというか、出た?」
「・・・へ?ス、スゴいですね。ハヤト様の実力なら良いところまでいけそうですが、もしかして結構勝ち上がりましたか?」
レイラさんは一瞬、出場というワードに驚いたが、すぐに納得して大会の結果を聞いてくる。
若干期待に満ちた表情をしているのはきっと気のせいだろう。
「一応ベスト4になるのか?失格になってるけど・・・。」
「失格!?何をされたのですか?」
まぁ、そうなりますよね。
しってましたよ。レイラさんにも怒られるのだろうか?面倒だが、聞かれたからにはちゃんと答えておこう。
「え~と・・・とんずら?」
「ハヤト様らしいですね。怒られませんでしたか?」
・・・おや?想像と違う感じの返答が返ってきたな。
レイラさんは、口元に手を当てて、クスクスと笑っている。
俺の事を良く解ってくれているような感じだが、今回のは釈然としない。キチンと言い訳をしてフォローしておこう。
「魔王討伐という理由があったから問題ない。向こうのギルドマスターに理不尽に怒られたが、適当にあしらっといた。」
「それは理不尽ですね。抗議の文書を送っておきましょう。」
レイラさんは少しムッとした表情でそんなことを言い始める。
「レイラさん。それは冗談に聞こえないからやめといて。」
「わかりました。」
さらっと元の顔つきに戻る。
本当に冗談なのか本気なのかわからなくなってきた。止めなかったら、本当に抗議の文書を送りつけていたかもしれない。
「そういえば、ムスぺリオスのお土産持ってきたよ。」
レイラさんにはいつもお世話になってるし、結構な量を貰っているから一つくらいあげても誰も文句言わないだろうと思い、マジックバッグからムスぺリオス産の高級お茶菓子を渡す。
「ハ、ハヤト様。この上質な木箱に王室献上品と焼き印がされているのですが・・・」
「あぁ、国王から最高級品を貰ってきたからな。」
適当に出したお茶菓子の滑らかな肌触りの上質な木箱には、製造した菓子屋のロゴと、王室献上品の文字が刻印されていた。王室に献上するとあって、入れ物や包装にもこだわっていることがうかがえる造りに結構感動する一品である。
まぁ、これに限らずすべてのお茶菓子が細部にもこだわりを見せる一級品で、センスの良いバランスでロゴが刻印されてるから、どれを出しても結果は変わらないのだが。
「どういった経緯で手に入るのでしょうか?」
もっともな疑問である。王室に献上したモノが、一介の冒険者の手に渡るのはおかしいだろう。
「入手経路は気にしなくていいぞ。きっと美味いから味わって食べてくれ。」
「はい、ありがたくいただきます。」
レイラさんは、お土産の箱を大切そうに胸に抱えて笑顔でお礼を言ってくれる。あのギクシャクした感じもだいぶ落ち着いてきたので、今後は何とかなりそうで良かった。
「ハヤト!戻ってきたか!元気そうで何よりだ!」
レイラさんとの世間話も落ち着いてきたところで、ガイアスが奥から出て来る。
「ガイアスもな。どうかしたか?」
「王宮からお前に伝言が届いててな。『王都に戻ったら顔を出せ』だとよ。門番には伝えてあるらしいから、この間のようにはならんだろ。呼び出されるような事を何かしでかしたのか?」
「そんなわけないだろ。・・・ないよな?」
ムスぺリオスで別れた時は何ともなかったから、問題ないはず。こっちに来てから何も事件を起こしていないし、怒られることは無いだろう。無いはずだ。
「俺が知るか!伝言は伝えたぞ。頼むからさっさと行けよ。」
「・・・わかった。」
ガイアスは、本当にそれだけを伝えたかったようで、すぐに奥に引っ込んでいった。
レイラさんとの話も途切れてしまったので、俺も挨拶をしてギルドから出ていこうとすると、レイラさんに呼び止められる。
「あ、あの、ハヤト様。先日の、あれの件なのですが。」
「あぁ。」
レイラさんを見ると、顔を耳まで赤くして、目も少し潤ませていた。
きっとキスの件だろう。それ以外考えられない。その時の光景がフラッシュバックしてきて、俺も頬が熱くなっていくのを感じる。
「あ、あれは、お礼以外の他意の無いモノですので、出来れば忘れてください。」
「・・・わかった。」
「・・・お騒がせしてすみませんでした。」
レイラさんは、どことなく寂しそうな表情をしながら謝罪をしてくる。
「じゃぁ、これからも今まで通り宜しく。」
俺は、レイラさんの方に近づいて、握手を求めて手を伸ばす。
「はい宜しくお願いします。」
レイラさんもその意図に答えてくれて、微笑みながら握手を交わしてくれる。これで、完全に元通りだろう。
俺は引っかかっていたものが取れて、清々しい気分でギルドを後にした。
隼人の出ていった後のギルド
「レイラさん。本当によかったのですか?」
レイラはギルドの受付嬢たちに囲まれる。
クールビューティーでテキパキと仕事をこなし、さらには職員の模範で憧れの上司。憧れと尊敬の対象だったレイラだが、ハヤトとの接触でだんだん表情も態度も軟化していき、話しやすくなった。
ここ最近は、レイラの親しみやすさが上がり、受付嬢たちも休憩時間に雑談をしたりするようになった。
そして今回の会話である。受付嬢たちはレイラに詰め寄ってレイラの真意を問う。
「ええ、あれ以上は業務に支障をきたしますので。」
「甘いですよ、レイラさん。そんな事では誰かに取られてしまいます。」
ぐいぐい来る受付嬢たちに引き気味のレイラ。
「ハヤト様の浮ついた話は聞いた事がありませんし。」
「あの速度でのBランク昇格。きっとすぐにランクアップします。ソロなので話しかけやすく、言い寄る女性も多くいるはずです。」
「そうですね。しかし、先ほど他意はないと否定してしまいました。」
「過ぎてしまった事は仕方ありません。そのいただいたお茶菓子のお礼の約束をとりつけましょう。」
「・・・なるほど。」
「私たちは全員レイラさんの味方です。応援してます。」
こうしてブレーンを手に入れ、レイラの板挟みが始まった。




