帰還
ひどい夢を見ていた気がする。誰がなんと言おうと、あれは夢なんだ。
オルコット卿の帰りの護衛の日まで特にやる事もないので、とりあえずループスと遊んで一日を潰す。
ループスは、身体がかなり大きくなって、相当強くなったのだが、性格は全然変わっておらず、意外と甘えてくる。
身体強化しないと、甘噛みで食いちぎられそうになるのはどうにかして欲しい。
一日遊び尽くして宿にもどると、オルコット卿からの伝言が届いていた。
どうやらまた王宮に呼び出しのようだ。
呼び出し人はオルコット卿なので、王族と会うことはないだろうという浅い考えで、王宮に行く事をけついする。
わざわざ王宮に呼び出す辺りでお察しなのだが。
翌日、呼ばれるままに王宮に向かう。
王宮の離れに案内されて、中に踏み入れる。
待っていたのはオルコット伯爵一家とカミル、そしてクラリス第二王女。
「よく来てくれたね、ハヤトくん。」
「わざわざ王宮に呼ばなくても良いだろ。」
「私たちの拠点はここにあるから仕方ない。今日呼び出したのは、帰りの話をしたかったからだ。私たちは、あと一週間滞在したのち、オルコット領に戻る事にする。それまでにやる事を済ませておいてくれ。」
「わかった。だが、この程度なら伝言だけでよかったんじゃないのか?」
わざわざこんなところまで呼ばなくても、伝言残してくれるだけで良かったのに。王宮に来ると厄介事まで付いてきそうだから避けれるなら避けたい。
「これだけならね。今日来てもらったのは、もう一つお願いがあるからだよ。」
「非常に面倒臭そうだから、とりあえず聞くだけでいいか?」
ほら、やる事が増えそうだ・・・
「キミらしい解答だね。構わないよ。では、カミル君。」
「はい。お願いは僕からです。先日の戦いで自分自身の至らなさを思い知りました。出来れば、伯爵殿の護衛で帰るまでの間、僕に稽古をつけてくれませんか?」
「・・・・・・」
若干、不安そうに俺を見上げるカミル。
稽古だけであれば、大して面倒ごとではないし期限も決まっているから依頼としては楽な方だ。ただ、軍刀の扱いなんて基礎程度しか知らないし、教えられることなんてほとんど無いだろう。
「勇者様も適任だと言ってましたし、報酬も出来る限りの物を用意しますので、よろしくお願いします。」
「・・・わかった。ただ、軍刀の扱いは教えられんぞ。出来るのは精神と実戦くらいだ。」
光輝の推薦となると、一度光輝にも師事を打診しているだろう。期待に満ちた目を向けて来るし、光輝にもカミルの家にも恩を売っておいて損は無いだろう。
「それで充分です。ありがとうございます!」
「僕は王都のゼクレス侯爵邸にいますので、稽古はそこでお願いします。後で場所の説明をします、先生。」
「・・・先生?」
「ダメでしたか?」
「まぁ、好きに読んでくれ。報酬の話だが、カミルの婚約者からもらう事は有りか?質問に答えてくれればいいんだが。」
俺は、クラリス第二王女の方を見る。カミルもクラリス第二王女も驚いていたが、すぐに正気になって問い返してくる。
「質問にもよりますが、可能な範囲で答えます。」
「魔力の話だ。クラリス王女殿下にはどう映っているんだ?」
「魔力コントロールがしっかりして出来ている人は、外に漏れる魔力が均一でキレイに揺らぎます。勇者様もキレイですが、ハヤトさんはそれ以上に研ぎ澄まされてます。」
「そうか。どういうモノが見えるんだ?モヤがあふれている感じか?」
「そうですね。個人によって違いますが、淡い色の入った透明な揺らぎが身体の周りを漂ってる感じですね。」
「参考になった。ありがとう。」
「本当にこんな事で良いのですか?」
クラリス第二王女は首をかしげながら不思議そうな顔をする。
本人にとってはどうでもいい情報でも、俺にとっては必要な情報だ。どうにかして再現できないか実験する必要がある。クラリス第二王女の感覚は出来る人からの貴重な意見だ。
「報酬ももらった事だし、明日から稽古を始めようか。」
「よろしくお願いします。先生!」
こうして、ムスぺリオスの残りの時間の予定が埋まった。
カミルの家の場所を教えてもらい、解散となった。
翌日から、ループスと貴族街に通う日々が始まった。
ゼクレス邸に行って稽古をつける。その間、ループスはゼクレス家の使用人と遊んだりしていた。始めは驚いて誰も近づきもしなかったのだが、ループスの人懐っこい姿に、だんだん皆の緊張が解けて、最終的には使用人総出で世話していた。
数日が過ぎ、竜の息吹のメンバーがアルカディア王国に帰っていった。
帰る直前に今回の大会の優勝者(笑)のアデルから、再びリリィさんに告白があったそうだ。かっこよく優勝宣言して優勝(笑)をしたんだからイケると思ったんだろう。
返答は玉砕だったようだ。真っ白になっている彼とすれ違ったが、強く生きて欲しいと思う。
さらに、勇者パーティーも帰還するという事で盛大なパレードをして送り出した。
飛行船とやらで帰るらしい。ムスぺリオス王家とオルコット伯爵に見送られて飛び立つ。
あんな面白そうな乗り物があるなら俺も乗って帰ろうかと思ったんだが、オルコット卿にがっちりと肩を掴まれて、目が笑ってない笑顔で馬車だと怒られた。
アレクシア第一王女とシスティーナ伯爵令嬢が若干寂しそうにしていた。システィーナ嬢は若干涙ぐんでいた。
システィーナ嬢はかなりアドバンテージがあるから頑張って欲しいものである。
光輝の苦悩の顔で飯が美味くなる。
ほとんどの大会の参加者や観戦者が王都を離れて、町の喧騒も落ち着いてきたところでオルコット伯爵も帰る時が来た。
全員が馬車に乗車し、オルコット領に向けて一週間ほどの旅に出発する。ループスは身体が大きくなってしまったので、残念ながら自分で歩くことになった。
Sランクの魔物が歩いている為、道中は非常に安全。稀にバカな魔物が出て来るくらいで、ほとんどは戦意喪失で姿も見せない。盗賊も遠くからループスを見て無理だと判断し、襲い掛かってくることは無かった。
ほとんど出番もなくオルコット領に到着し、報酬をもらって一泊した後、アルカディア王都に向けて出発する。
護衛ではないので、デカくなったループスに乗せてもらい一気に駆け抜ける。馬車で約一週間かかった道のりを、ループスは半日で走破した。今後の移動手段が決定した瞬間である。
長い旅だったが、やっとここに戻って来れた。明日から、平穏な日常を過ごそう。
時は少しさかのぼり、ムスぺリオス王国の死霊系ダンジョンの最深部
「ずいぶんとヤッテくれましたねぇ。」
ダンジョンの中に、黒いモヤが集まってくる。
「あのカラダはココにいたダンジョンの不届きにも同じ不死の魔王を名乗っていたモノのカラダでしたが、跡形もなく消されるとは。」
モヤはだんだんと濃くなり、球状に固まっていく。
「ワタシ自身は霊体なので問題ありませんが、休息が必要ですね。」
モヤはクルクルと一周して、最深部の中央で停止する。
「元々ダンジョンにいたマモノのほとんどは食らい尽くしましたし、墓地から上質なシタイも手に入れました。後は期を待つだけでしょう。」
停止したモヤは、心臓が鼓動するようにドクンドクンと揺らめいて休息をとる。
「勇者よりも、あの冒険者には一度痛い目をみせなければイケませんね。見たところ、物理攻撃が主体。ワタシ本体であれば難なくカテルでしょう。」
アンデッドロードの居るダンジョンの中は、元々の魔物は消え去り、アンデッドロードの部下たちと、今回手に入った死体と既に魔物化した新入り達で蠢いていた。
不死の魔王生存。あのまま死んでたら不死の魔王(笑)になる所でした。
また出るかも?
そして、第二章終了です。




