三回戦
レックスの戦いを見終わり、席を離れる。
三回戦の光輝はおそらく二回戦と同じですぐに勝つだろう。
筋肉集団と遭遇しないよう注意しながら控え室に向かう途中で、第二王女が前から歩いてくる。
「見つけました。」
「俺を探してたのですか?第二王女殿下。」
「はい。一応顔見知りになりましたので、橋渡しに来ました。ほら、カミル。」
第二王女が隣にいた男の子の背中を押す。
王女が俺を探すなんて何かありそうだと思ったが、そんなことはなかった。
「初めまして。僕はカミル・ゼクレス。三回戦の対戦相手です。少し挨拶に来ました。」
「そうか、宜しく。」
「実は勇者様に話を聞きまして、二回戦の様な事は無しで、真面目に戦っていただきたいのです。」
「・・・考えとく。」
「なぜ、この大舞台で真剣にやられないのですか?」
「大声では言えないが、優勝の賞品に興味がないからかな?出たくて出ているわけじゃないから、良いところで負けたいんだよ。」
「本当に聞いた通りの人なんですね。僕は、この大会で強い人達と戦ってさらに強くなりたいのです。」
「強くなって何をするんだ?上流階級には詳しくないが、王女様と一緒にいるってことは良いところの生まれなんだろ?」
「はい。父は国王陛下より、侯爵を叙爵されています。ですが、爵位よりも大切な人を守る力が欲しいのです。」
カミルは、その言葉と共に強い意志を込めて、真剣な眼差しを向けてくる。そして、横でクラリスが少し顔を赤らめる。どうやら、そういう関係のようだ。
「・・・わかった。」
承諾を聞いて、笑顔になるカミル。
光輝達と話してるってことは、結依にもアドバイス貰ってるんだろうな。俺が断れないように・・・
「ありがとうございます。ぜひ、全力で手合わせ願います。」
「・・・え?全力でやるの?真面目にやるんじゃなくて?」
「違うのですか?」
「それは考えとく。とりあえず真面目にはやるから、安心してくれ。」
「よろしくお願いします。」
どうやら、カミルの用事はそれだけだったようだ。真面目な性格だな。
去り際に、クラリスが寄ってきて俺に耳打ちする。
「勇者様からの伝言です。[出番があるかもしれない]と言っておりました。」
「・・・それだけですか?」
「はい。それと、これは私からです。王都の自然魔力が淀んでいます。何か起きているかもしれません。」
「なんで俺にそんな大事なことを教えるんですか?」
「勇者様が信用できると言ったからというのと、私の勘です。」
「キレイな魔力ってやつですか?」
「その通りです。」
「わかった。注意しておく。」
「よろしくお願いします。」
クラリスも一礼してから、駆け足で待っていたカミルと合流する。
「ハヤトさんにキレイな魔力って言ったのか?」
「はい。」
「やっぱり負けられないな。」
2人は仲よさげに歩いて行った。
クラリスの言葉について考えていたら、試合の時間になる。装備を整えてステージに向かう。
『さて、三回戦第三試合の始まりです。まずはカミル選手。今大会最年少の選手です。ゼクレス侯爵家嫡男で、周りから天才と呼ばれるその実力は本物です。見た目で侮っていると痛い目を見ます!』
『うん。まだまだ拙いところはあるが、ここまで上がってきたのは実力あってこそだな。』
『対するは、ハヤト選手。二回戦の姑息な手段は二度は通じないぞ!悪運はここまでだ!』
『蹴りだけを見るに、相当な実力者だと思うんだけどな。』
「・・・ひどい司会だ。」
悪意に満ちた司会をよそに、ステージに登って行く。
「よろしくお願いします。」
「あぁ、よろしく。」
カミルが持ってきた武器は軍刀、つまりサーベルだ。鞘で全体像は見えないが、日本刀よりも反りのある形状で片刃のスタンダードな物だろう。
何が守りたいだ・・・バリバリ攻める武器じゃないか・・・
お互いに構えて、審判の合図を待つ。わずかに静かな時が流れて、審判の号令がかかる。
「始め!」
カミルがサーベルを鞘にしまったまま構えて待つ。
「・・・サーベルに抜刀術ってあるのか?」
疑問を独り呟きつつゆっくりと近づく。カミルの身長と、サーベルの外観から推測できる射程圏ギリギリまでゆっくりと近づき、一気に加速し肉薄する。
カミルは射程圏内に入った瞬間抜刀し、サーベルを水平に薙ぐ。
予想以上の速度で飛来する刃を、急遽バックステップで何とか回避する。
『ハヤト選手、先制を仕掛けるもカミル選手の抜刀に近づけない!ここで決まると思われましたが、意外と強いのか?』
『良い判断だな、カミルの攻撃が予想以上の速さだったようだ。』
皮一枚切れた程度だろうか、血が滴るほどではない赤い線が頬に付く。
カミルは、リリィさんに迫る速度で抜刀してきた。どうやら面白い試合になりそうだ。
「今のを平然と避けるんですね。」
「ギリギリ当たってる。」
「それを当たったと言いたくないのですが・・・」
カミルはサーベルを納刀せず、そのまま構える。これでリーチはわかった。
拳を構えて再び近づく。射程に入る瞬間にフェイントを入れてカミルにサーベルを振らせる。水平の薙ぎ払いを躱して近づく、カミルは腕をしならせて八の字を描くように刃を返して逆に薙ぐ。
予想できていた基本的な動きに合わせて、サーベルを持っている手をつかみ取る。そのまま体を返してボディーにスマッシュブロー、下がるカミルに蹴りを叩き込み、いったん離れる。
『素早い攻防!ハヤト選手は本当に強いようです!』
『うむ、カミルの動きに完全に対応しきったな。』
「はぁ!!」
俺が離れた瞬間を見計らってカミルが攻めに来る。かなりの速度で近づいて来て、上段に振り上げたサーベルを手首を返して、最初とは逆に薙ぐ。難なくダッキングで躱して反撃しようとするも、カミルも避ける事を予想していたのか、先ほどよりも早く軌道を変えて連撃してくる。
反撃を諦めて回避に専念し、カミルの剣を避け続ける。だんだんと軌道が読め始め、隙を見つけては、体勢を崩させるように攻撃してみたりフェイントを入れて手を出しにくくさせた。
なかなか当たらない連続攻撃に疲れ、いったん距離をとるカミル。
『両者離れて、手に汗握る攻防がひと段落しました!ハヤト選手は、カミル選手の連撃に攻めあぐねていましたが、カミル選手は先ほどの連撃の疲労しています。形勢逆転なるか!?』
『いや、すでに戦局はハヤト選手に傾いている。連撃の途中から教える様な動きをしていた。』
『そうなのですか?なぜ、そんなことをしたのでしょうか?』
『わからないが、試合前に何かあったんじゃないのか?』
『気になりますね。後で教えてほしいところです。』
「全力でやって欲しいんだったな。」
「やっていただけるのですか?」
「良いけど、怪我するぞ。」
「構いません。途中から勝てないと思っていましたが、どうせならハヤトさんの全力を見て負けたいです。」
「わかった。」
構えを、一般的な中段構えから拳を開き、右手を左肩の方へ、左手を右の腰の方へ持っていき、ゆっくりとまばたきをする。
『空気が変わったな。』
『そうですか?』
『あぁ、試合が一気に動くぞ。』
乱れ構え。おそらくこの世界で使う人はいないだろう。受けからのカウンター主体の構えだが、左手をボクシングのフリッカージャブ気味に振れるので、実は有用な構えである。
「いきますよ。」
構えを気にしつつ再びカミルが攻めに入る。今度は中段の薙ぎ払い。
俺は避けることなく右手でサーベルをつかみ取る。刃に触れないように剣の腹を五本の指でつまむように受け取めた。
そのまま開き下がりながら後方へ剣を引っ張り、左手で腕をしならせて鳩尾に掌底、肘を起点に手を返し、顔面に裏拳を放つ。
「グゥ!」
カミルは苦悶の声を漏らしながらサーベルから手を放す。
サーベルを放り投げ、裏拳を放った左手を下に落とし、肘に手を引っかける。右手でサーベルを持っていた手を握り、手首を極める。手首を決めたまま右肘でさらに顔面を殴打する。
ゴキンッ
捻りと衝撃で手首が折れる。
カミルは気を失って力なく膝をついた。
『決まったー!ハヤト選手の大人げない連撃にカミル選手ダウン!ハヤト選手の勝利です。』
『見たことのない構えからの知らない決め技、面白いな。』
『正直そこまでやらなくても良かったんじゃないかと思います!この鬼畜野郎!』
VIP席の結依に目配せをした後、倒れたカミルを抱えて救護室に歩いていく。




