ランクアップ
人さらいの一件も終わり、慌ただしさも無くなった。
数日休んで、疲れもとれたところで、クランのお調子者共を訓練と称してボコボコにした。
俺の周りには、まさに死屍累々と言える様子で疲れ果てて倒れ伏すクランメンバーで溢れていた。
実際に死んではいないのだが、指を動かす気力すら無さそうだ。
これで自惚れてケガするような輩は出てこないだろう。
リリィさんとパトリックに、やりすぎだと軽く怒られたが、後悔していない。
パトリックに軽く宿の話をしたが、ずっとここに居て良いと言われてしまった。もちろん断った。
若手育成とか冒険者の引退後みたいな生活を今からしてたまるか。
クランでやることは終わったので、ギルドに顔を出す。
「レイラさん、この前ガイアスが言ってたランクアップの話なんだけど、すぐできるのか?」
「いらっしゃいませ、ハヤト様、ループス様。すぐに出来ますよ。しかし、今回は色々と話もございますので、個室で少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
レイラさんは、ルーにまで挨拶してくれる。この人こそギルド職員の鑑だろう。
「大丈夫だ。」
「ガゥ」
「では、こちらへどうぞ。」
レイラさんに個室に案内されて、ギルドカードを渡す。
「ギルド長を呼んでまいりますので、少々お待ちください。」
レイラさんは一礼して、退室していく。
ルーとじゃれて遊んでいると、ガイアスが入ってくる。
「待たせたな、ハヤト。」
「ルーがいるから問題ない。」
「そうか、さっそく本題だが、先日の人さらいの一件だ。ハゲ達の、装備の所有権はハヤトに移る。したがって、この武器・防具・装飾品はお前の物になる。」
ガイアスが、マジックバッグから。装備品を出して広げる。というか、ガイアスすらハゲ呼ばわりか。まぁ名前言われてもわからんから、こっちの方がありがたいのも事実ではあるのだが。
「そのカバンだけ欲しいな。あとの物は要らん。」
「マジックバッグ以外は、こちらで買い取ろう。金額を計算しておくから、また今度顔を出してくれ。」
「わかった。」
ガイアスから、マジックバッグを手渡され、残りはガイアスが持っていた、別のマジックバッグに入れられていく。
予定とは違ったが、念願のマジックバッグを手に入れた。バッグパッカーのように、必要な物を全て持って行動できる。
部屋を借りれているとはいえ、クランに手甲やらなんやらを置きっぱなしにしておくのはしのびなかったんだ。
「次だ、今レイラが、Bランクのランクアップの手続きをしている所なんだが、Aランクの話をしておかねばならん。こいつは、贔屓をなくすための措置なんだが、Aランクに上がるには複数の支部から認められなければならないルールがある。アルカディア王国本部はもちろん認めているが、他の支部でも活躍しないとランクアップできないんだ。Aランクに上がるには、必然的によそへ行く必要が出てくる。」
「そうか。まぁ、上げたいわけでもないし、気長にやれば良いだろ。」
Bランク昇格もどっちでもよかったし、目立たない為にはここらで停滞しておいた方が良いもかもしれない。
「おいおい、上昇志向は無いのかよ。」
「逆に、今までの俺の言動から、そんなモノあると思ったか?」
「まぁ聞け、3つ目だ。朗報と言ってやりたかったんだが、なんて言ったらいいかわからなくなった。お前に指名依頼が入った。」
なん・・・だと・・・
「俺に指名依頼とか、どこの誰がするんだよ。」
バカじゃないのか?
「人さらいの一件で助けた貴族様だ。さらわれた時にお付きの護衛がやられてしまったみたいでな、勇者に護衛を頼むのは出来んからその時に居た冒険者に頼みに来たらしい。」
「俺も勇者なんだが?」
「都合のいい時だけ、そういうこと言うなよ。」
「まったく同じセリフを返してやるよ。」
「ハヤトも勇者だからって断ればよかったか?それこそお前の嫌いな展開だろ?」
「・・・確かに。ただ、俺も勝手にここを離れて良いのかわからん。許可が下りたら受けよう。」
「返事は明日中にくれ。俺からの話は以上だ。」
ガイアスの話が終わったところで、タイミングよくレイラさんが入ってくる。
「ハヤト様、ギルドカードの更新が終わりました。」
「あぁ、ありがとう。」
レイラさんからカードを受け取る。
「じゃあ俺は仕事に戻る。」
ガイアスは忙しそうに部屋を出て行った。
「俺も、許可を貰いに行ってくるかな。」
「あ、あの、ハヤト様。」
ガイアスに続いて部屋を出ようとすると、レイラさんから声がかかる。
若干歯切れが悪く、いつも通りじゃないのは気のせいでは無いだろう。
「どうかしたか?」
「そ、その。先日は助けて頂いてありがとうございました。」
「お礼ならその時してもらっただろ。気にしなくていいよ。俺が好きでやってる事だから。」
「それだけでは足りないと思いましたので。よ、よろしければ、お礼に食事でもいかがですか?」
レイラさんは少し顔を赤くして、言い切ったといった表情をしていた。
「・・・」
「私とは嫌でしょうか?」
予想外の展開に少し戸惑っていたら、レイラさんが気を落として悲しそうな表情に一変してしまった。
「あぁ、ごめん。驚いて固まってた。よろしくお願いします。」
「はい!」
レイラさんはOKの返事を聞いて笑顔になる。
今日のレイラさんは、表情がコロコロと変わって可愛らしい感じがする。いつものキリッとしてクールな姿も良いが、これはこれで良いな。
今回の件で、少しは心許せる人になれたのだろうか?
「日時はレイラさんが決めてくれ。きっと俺より予定が詰まってるだろうし。」
「では、明日でどうですか?ハヤト様も先ほどの指名依頼の返答をしにギルドに顔を出すでしょうし、そのままディナーでどうでしょうか?」
「そうしよう。レイラさんは何時ごろ仕事が終わるんだ?」
「6時までですので。それ以降でしたら大丈夫です。」
「わかった。間に合うようにさっさと聞いて回ってくるよ。じゃあまた明日、よろしく。」
「はい。いってらっしゃいませ。」
皆は王宮の許可だけだと思ってるから余裕をくれているつもりだろうが、実際は教会で、女神様との面会が必要になる。
ディアとマリエルさんの許可を取ってから、王宮で国王様たちの許可も取らなければいけないだろう。意外と時間が無い。
明日の時間に間に合うように急いで教会へと向かう。
設定1
アルカディア王国
豊穣の女神、ディアーナを国を信仰する国家。
豊かな土壌や川が多く、農業が盛んで、食料自給率は200%を超え、気候で手に入らない食材以外は全て自国で賄える。
農作物は非常に品質が良く、高級食材として隣国の市場に出回る。
食糧難とは、ほとんど無縁であるため、国民も多く人材も豊富。
よって一次産業以外の二次・三次産業も平均よりも少し高い非常に安定した国家。




