訓練
「やっぱり1人」
宿泊の許可は取り付けることができたが、結局同居人が手に入らなかったルカはうなだれていた。
「なんかごめん。ただ、今回はこの変態が全面的に悪い。」
パトリックを指さし、こいつが元凶だと教えてあげる。
「変態とは失礼だな、同士よ。」
同士とか言うなよ、気持ち悪い。変態が移りそうだ。
「ルカくん、ハヤトくんを部屋に案内してあげてくれ。」
「はい、わかりました。」
「私も行こう。パトリック殿、失礼します。」
3人でパトリックの部屋を出て、俺が寝泊まりする部屋に案内してもらう。
「僕は夕食の準備があるので、失礼しますね。」
「あぁ、ありがとうルカ」
「いえいえ、夜に遊びに来ますね。」
手を振って駆け足で去っていく。
「ハヤト殿、騒がしくしてすまんな。」
「かまわん、むしろ弟が出来たみたいで楽しいんだけどな。」
「そう言って貰えると、助かるよ。私も訓練場に戻るんだが、ハヤト殿も来るか?」
「行こう。訓練風景でも見ておくよ。」
訓練場へ向けて歩いていく。
訓練場というだけあって、外ではなく、建物の中にあった。
中に入り、軽く挨拶だけして見学させてもらう。主にCランクとDランクが試合形式で、個人戦やパーティーの団体戦をしていた。
リリィさんに参加しないかと聞かれたが、断っておいた。
訓練風景を見て、明日からのメニューを考える。
剣や槍の振り方に変な癖がついている人が多いので、矯正をメインにしようか。
後は身体強化と筋トレと体幹で地獄のスパルタ訓練にしよう。
これで俺は指示だけして、突っ立てるだけで終わるぞ。
訓練も終わり、夕食を食べて、明日の道具をそろえる。
ルカが話をしたそうにしていたが、今日は遠慮してもらった。さすがに用意優先である。
翌朝、訓練場で日課の自主トレをしていると、ルカがやってくる。
「おはようございます、ハヤトさん。早いですね。」
「日課なんだ。やらないと調子が出ない。遠征の時も軽くやってたんだが、しっかりやった方がいいな。」
「そうだったんですか。ハヤトさんが強い理由がわかった気がします。」
「普通だろ。ルカだって毎日料理してるんだから一緒だな。」
「違う気がしますけど。朝食を作ってきます。出来たら呼びに来ますね。」
「あぁ、よろしく。」
ルカが訓練場から出ていき、また自主トレを再開する。
朝食を食べ、クランメンバーの指導が始まる。
「今日から少しの間、特別講師をしてもらうハヤト殿だ。」
「ソロの冒険者の隼人だ。」
リリィさんに紹介されて、自己紹介をする。
少しざわつき、ヒソヒソと最近付いた二つ名がささやかれる。
まぁ、こうなる事はわかってたけどね。
「気分が乗らないだろうが、決定事項だ。嫌なら今降りろ。」
「ハヤト殿、それは無しにしてくれ。」
リリィさんからNGが出てしまった。残念だ、人数減らしてやろうかと思ったのに。
「仕方ない。じゃあ、今日の訓練メニューを発表する。」
昨日書いた紙を皆に見えるように広げて見せる。
1.筋トレ・体幹
2.素振り
3.魔力コントロール
我ながら完璧な基礎練のみのメニューである。確実に反感を食らうだろう。
案の定、不平不満を申し出る者や、本当に講師として大丈夫なのかと不審に思う者が続出した。
「昨日、見学していた限りでは、振りのフォームが汚すぎる。綺麗に矯正するところから始めよう。」
「そんなんで強くなれるのかよ。」
「もっともな質問だが、強い弱い以前にめちゃくちゃな振り方で見てられない。せめて綺麗な素振りが出来るようになってから出直してくれ。」
「ふざけるなよ!」
やっぱり、キレる人が出てきたか。
一応リリィさんに、今日の内容を伝えていたし、睨みをきかせてくれているから、彼らも暴走する事はなかった。
「基礎もできていないのに、小手先の応用技に走ってフォームを崩しているような輩が、一番ふざけてるだろ。時間が無い、地獄の筋トレから始めるぞ。」
パーツ毎に筋トレしたいところだが、今回は狙いもあるので、全身まんべんなく筋肉痛になってもらえるように、最新式の筋トレで全身イジメぬいた。
その後の素振りは、昨日頑張って作った、素振り用の剣や槍を渡す。綺麗に振らないと、風を受けて、真っ直ぐ振れないような加工をしてある。
みんな真っ直ぐ振れず、本当に可能なのかと文句を言ってきたが、目の前で実践して黙らせた。
魔力コントロールは武術系の人には身体強化で、魔術系の人には良く使う魔術で感覚をつかんでもらう。
身体の部分的な強化や魔術の圧縮は、四苦八苦しながらも全員が何とか出来る所まで進む事が出来た。
数日これだけを繰り返し、皆にキレられもしたが、全身筋肉痛のおかげで、自分が使っている筋肉を理解し、素振りを見直し、フォームがどんどん改善されていった。
時間に余裕があれば、ルカにもレクチャーしていたのだが、ルカにだけ教え方が甘いせいで、皆文句を言ってきた。
ルカは純粋な戦闘職じゃないんだから、仕方ないだろう。
「今日から模擬戦も入れていく」
俺が来てから、基礎しかやってこなかったので、その発言に全員のテンションが上がる。
「俺対全員だ。パーティー単位でかかってこい。」
「はあああぁぁああぁ!」
この自信満々のセリフにカチンと来た1人が飛び掛かってくる。
筋肉痛で動きづらいのもわかるが、ガイアスやリリィさんと比べて遅すぎる剣の振り下ろしを軽く避け、カウンターで右ストレートをお見舞いする。
顔面にもろにヒットして飛んでいく。
「後ろだ!」
パーティーメンバーだろうか?後ろからナイフで首元へ一閃してくるが、気づいていたので屈んで躱し、その腕をつかみ取り、先ほどの剣士の方へと投げ飛ばす。
2人は正面衝突して、ダウンした。
魔術師と、弓兵が前に出ていて、残りの人は後ろに下がっていた。
つまり、この2人が残りのパーティーなのだろう。
前衛がいなくなってしまって、焦りながらもこちらに矢と風の魔術を放ってくる。
先に飛来した矢をつかみ取り、風の攻撃魔術の方へ投げ返す。
矢と魔術が衝突し、相殺される。
その光景に驚いたのか、一瞬隙が出来たので、身体強化で一気に距離を詰めて、一撃で2人ともKOにした。
「次、どんどんかかって来い。」
全パーティーをノックアウトし、一番初めに戦ったパーティーからたたき起こして、ローテーションで1日中模擬戦をし続けた。
「お疲れ様でした。」
全員グロッキー状態の訓練場に、夕食の準備を終えたルカが来て、笑顔でタオルを渡してくれる。
その光景に、バックアップ部隊の一部の方々がざわつく。
「ルカ君は、お姉さんのなのに・・・」
「パトリック×ルカだと思ってたけど、ハヤト×ルカもアリかもしれない・・・」
「・・・・・・尊い・・・」
ここのクランは、レベル高いやつら多いだろ。
鼻頭を押さえて上を向くな!変態かよ。
「ハヤトさん、本当に強いですね。」
「皆、筋肉痛で動きが悪いからな。でなきゃもっと苦戦してる。」
また数日間、この訓練を続けた。
だんだんと全員の動きが良くなっていき、身体強化のみでは間に合わなくなり、最終的に魔術を使わされた。
俺が魔術を使った瞬間、出来る事を知っていたアレンとリンカさん以外が、ポカーンとしていた。
出来れば使わずに、この訓練を終えたかった。
ひとまず、クランの実力が上がった事を喜ぶとしよう。




