告白
「結衣さん、俺と付き合ってください。」
入学から数か月。夏休みを目前に控えた7月半ばに結衣は対して喋った事も無い男の先輩に呼び出されて告白をされる。
先輩の名前はカズ。サッカー部のエースであり、女子から黄色い声援が飛んで来る事が日常茶飯事な爽やかイケメンである。
カズはいかにも恋愛経験豊富といった雰囲気で、涼し気な笑顔を向けながら自信満々に結衣を見つめる。
しかし、笑顔の裏では自分の囲みの1人として結衣を引き入れたいという思惑があった。
「・・・ごめんなさ~い」
結衣は少し困った様な顔をして、ゆっくりと頭を下げて断る。
「理由を教えてもらっても良いですか?」
結衣が断る事を予想していなかったのか、一瞬笑顔が崩れたものの結衣が頭を上げる前に笑顔に戻す。
「う~ん。わたしは~恋愛とかよくわからないからかな~」
「最初は誰でもそうさ。わからないことは俺が教えてあげるよ。」
経験豊富な事を武器に、カズは結衣に詰め寄ってグイグイと押していく。
半ば自慢のような話で自分がいかに優れているかを説き、付き合った時のメリットをいくつも提示する。
「今はいいかな~それに~先輩の事よく知らないし~」
「お互いの事は付き合ってから知っていけばいいんだよ。俺は結衣さんを幸せにする自信が有るんだ。」
結衣が若干引き気味に断るも、カズは追撃の手を止めなかった。
「そういうのは~ちょっと違うと思います~」
「・・・そうか。わかったよ」
何度も頭を下げて断る結衣を見て、ついにカズは諦めたように肩を落とす。
「ごめんなさ~い」
そして、結衣は最後に一度謝罪を入れてその場から立ち去って行った。
取り残されたカズは、悔しそうにうつむいたまま拳を握って肩を震わせる。
その顔はフラれて泣いている訳ではなく、話が上手く進まなかった事に対しての怒りで歪んでいた。
「・・・クソッ!」
誰も見ていない校舎の隅で、カズは握った拳を壁に叩きつける。
拳に帰ってくる痛みで冷静さを取り戻したカズは、スッキリとした頭で次の行動を考えながら帰路についた。
「それで、また告白されたの?」
「うん。サッカー部の先輩~」
カズからの告白を受けた後、結衣は教室に戻って雫と合流して帰り道でカフェに入ってガールズトークに花を咲かせる。
流石の雫も告白現場についていくほど無粋ではなく、終わるまでの間教室で待っていた。
「何人目よ?」
結衣は控えめに言ってもかなりモテる。雫は結衣が告白されるたびにこうして教室で待っているのだが、告白の人数は端から数えていない。
「7人目~光輝くんよりは少ないよ~?」
「比べる対象が悪いわよ。」
結衣は、光輝の話を出して自分から目を反らせようとするが、雫は結衣が男嫌いな理由を知っているので、返事がどうだったかなどという話に触れるつもりは全くない。
「雫ちゃんは~?」
「私の事はいいのよ。」
結衣は雫がどうなのかを問い詰める。3人は予想通り視線の中心におり、結構な頻度で告白されている。
結衣が告白されるときは雫に待ってもらっているが、雫は告白される事を周囲に隠しているので正確な人数が解らない。
「教えてよ~」
「そもそも数えてないわよ。」
「絶対に嘘だよね~」
結衣は興味津々に雫に食いつくが、断固として人数を教える事は無かった。
「まぁ、私の事はいいじゃない。結衣はこれからも告白される事があると思うから、相手が変な人だったら絶対に私達に相談しなさいよ。」
「わかってるよ~」
雫は、結衣が普段からおっとりしている為、変な人に狙われないかの心配をする。
「何か不安なのよね。護衛に光輝をつけた方が良いんじゃないのかしら?」
「そんな大袈裟だよ~」
結衣がいつも通りやんわりと否定するが、雫の中では何かが引っ掛かっていた。
「この話は保留ね。帰りましょう。」
「大丈夫なのに~」
少しのモヤモヤを抱えつつ、2人はカフェを出て家へと帰っていく。
その夜の誰もいない路地裏の一角。
「・・・クソがっ!!」
普段は不良のたまり場になっているのだが、生憎なのか都合よくなのか、カズ1人しか居おらず当人は酒を呑みながら荒れていた。
「おー、荒れてんなー。カズ」
カズが1人騒いでいると、後ろから声がかかる。
「なんだ、居たのかユウ」
酔いで若干焦点の合わないカズは、振り返って後ろから来た不良の名前を呟く。
普段の姿からすると明らかに合わない2人だが、荒れて爽やかさの無くなったカズと見るからに不良なユウはこの瞬間だけは意外と合っているようにも見える。
「なんだフラれたか?」
「あぁ!?ぶっ殺すぞ!」
カズはいきなり図星を突かれてユウに汚い言葉を浴びせるも、ユウは何も響いていないかのように黒い笑みを絶やさない。
「くははははは!当たりかよ!お前をフルとかどんな相手だよ」
「今年入ってきた一年なんだけどな、かなり可愛いんだよ。押せばイケるタイプだと思ったんだが、あてがハズレた。」
カズは、結衣の事を経験不足な押しに弱い女だと認識していた。
だからこそ強めに押していったのだが、OKどころか保留すらもらえなかった事に苛立つ。
「しかも後輩か。お前も落ちたな。」
「・・・うるせぇよ。」
カズは、ユウに反発するのを止めて信じたくない事実を否定する。
「それで、お前としては押せばイケるんだろ?」
「なんだ、協力してくれるのか?」
元より協力してもらうためにこの場所に来ていたカズは、ユウが食いついてきたことに口角を上げる。
「あぁ良いぜ!ただし、貰うもんは貰うけどな。」
「わかったよ。囲みの連中を何人か見繕ってやる。」
「話がわかるヤツで助かるよ。」
ユウもタダで受ける気はさらさら無く、お互いの欲しいものを言い合って話を進めていく。
内容は周りに言えるようなものではなく、ただただ黒い欲望だけがそこに渦巻いている。
「俺とは関係ないところでヤってくれよ。優等生なんでね。」
「わかってるよ。」
話もある程度まとまり、計画実行に向けて2人は動き出した。




