初めての感情
久しぶりの熟睡で結衣は懐かしい夢を見る。子供の頃を通り越し、さらに昔へ。
隼人と結衣の母親は親友だった。
同い年の子供を授かり、ママ友としてさらに絆を深める。
その為、隼人と結衣は物心付く前から同じ時間を過ごして育つ。親につれられて、何をするにしても一緒に行動していた。
何事にも興味を持たず、ずっと1人でじっとしている隼人を結衣が姉になったように引っ張っていく。
仲の良い姉弟の様な幼少期を過ごし、2人はすくすくと成長していった。
しかし、隼人の無関心は治らず、幼稚園で少し浮いた存在となっていた。
「隼人君はみんなと遊ばないの?」
「片付けるのがめんどうだから遊ばない。」
隼人はお遊びの時間に先生が何を言おうとも、こんな調子で興味を示さず本当に面倒臭そうな表情をして答える。
基本的に強制ではない全ての物事を拒否し続けた。
「お友達と遊ぶのは楽しいわよ。」
「一人でぼーっとしてればいいや。」
周りの遊びたい盛りの子供たちとは逆で、全く動こうとしない隼人の態度に先生は頬を引きつらせる。
子供を静かにさせるのも一苦労だが、子供にやる気を持たせるのはもっと大変だ。
あの手この手で隼人を焚きつけてみるも、成功した事例は無い。
「せんせ~はやとくんはわたしとおままごとしま~す」
これ以上何を言おうか迷う先生に結衣の助け船が入ってくる。隼人のお姉さんのような行動をしてくれる結衣は、先生たちから非常に信頼されていた。
「あら、結衣ちゃんヨロシクね。」
「は~い」
先生の言葉に、結衣は元気よく手を上げて返事をする。
隼人を動かせる人物は結衣だけだと先生たち全員が知っている。子供の結衣に頼りきりになってしまって申し訳ないと思いつつも、仕方ないとなかば諦めていた。
「はやとくん行くよ~」
「めんどうくさい。」
「ほら~はやく~」
「はいはい」
結衣は隼人の手を掴み、自分たちがおままごとのスペースとして確保していた場所へと引きずっていく。
結衣の強引な行動に抵抗を諦めた隼人はそのまま引きずられ、それを見た先生は隼人の事を結衣に任せて手を振って見送る。
「はやとくんは何の役やる~?」
「じゃあペット。そこで寝てるから終わったら起こして。」
参加したおままごとで、隼人はいてもいなくても良いような役を買って出る。
いきなり参加した隼人なりの気遣いなのか、ただただ面倒だったからなのかは本人しか知らない。
「も~ちゃんとやってよ~」
相変わらずやる気のない隼人に対して、結衣だけが怒るのであった。
そんな隼人と結衣の関係はずっと変わらず続いていくが、お遊戯会や運動会で転んだり足を引っ張ったりと色々なところで運動音痴が露見し始める。
可愛く運動が出来ないギャップを持つ結衣を、周りの男の子たちがちょっかいをかける対象に選ばない理由が無かった。
「やーい、ノロマー。」
「わたし、ノロマじゃないも~ん。」
人当たりが良く皆と仲良くなれる結衣は基本的に誰かと一緒に居る事が多いのだが、1人でいた所を男の子たちに狙われて持っていたカバンを取り上げられる。
「だったら追いついてみろよー!」
「返して~」
男の子たちは仲良し三人組で、結衣のカバンをパスしながら走り回って結衣を翻弄する。
対する結衣は運動音痴で走っても誰にも追いつけず、さらにはカバンを投げられるのでどうしようもなくフラフラと動き回る事しかできなかった。
「ほらほら~」
「返してよ~」
必死で走る結衣だが、男の子達にはまるで追いつける気配が無い。だんだんと足取りが重くなり、次第に瞳に涙がたまっていく。
「やっぱノロマじゃないか!」
「うぇ~ん」
ついにどうしようもないと悟った結衣は足を止めて泣き始める。
「これだけで泣くなんて、まだまだだな。」
大泣きする結衣を見て男の子たちは勝ち誇ったように調子に乗り始める。
「・・・何してんの?」
たまたま通りかかったからなのか結衣の泣き声を聞きつけたからなのか、その現場の中に隼人が入ってくる。
「・・・ひぐっ・・・ばやどぐん。わだじのカバンとられた~」
結衣は隼人を見つけてすぐに駆け寄って行き、自分のカバンを持っている男の子を指さして嗚咽混じりに隼人に状況を説明する。
「ち、チョッと借りただけだぞ!」
隼人は威勢をまき散らす男の子を無視して、結衣の頭を優しく撫でる。
「・・・大丈夫、すぐに取り返すから。」
泣きじゃくる結衣を落ち着かせてから、改めて男の子たち全員を睨みつける。
「何だよ居るか居ないかわからないヤツが文句あるのかよ!」
「・・・オレの事はどうでもいい。」
隼人はすでにこのころから自己評価がいちじるしく低く、自分というモノすらどうでもよく感じていた。
「だったら何だよ!」
「ゆいちゃんを泣かせたのはゆるさない。」
しかし、許せないものはちゃんと存在していて、それを傷つけられれば当然怒りもする。
この日、結衣は初めて隼人が怒った瞬間を見た。
「オマエにゆるしてもらわなくても良いもんねー!やるぞ----」
ベシッ
男の子のリーダーが仲間を鼓舞している途中で隼人は早々に殴りにかかる。
特に武術も何もしていない少年の腰の入っていないパンチで人生初めての喧嘩が始まる。
「何しやがる!」
「うるさい!」
暴言を吐きながら、3対1の乱闘は激化していく。
「くそー!」
「この野郎!」
数だけで言えば圧倒的に隼人が不利ではあるが、戦いは常に拮抗していた。
理由はただ一つ。隼人には3人をこらしめたいという強い気持ちがあった事。
3人にとっては何故か始まった有利な戦い。しかし、隼人にとってはどんな手を使ってでも勝ちたい戦いだった。その一心で3人という数に立ち向かい、必死で食らいついた。
そして、その戦いは騒ぎを聞きつけた先生たちが介入するまで続き、終わるころには全員が泣いていた。




