暴走の爪痕2
隼人が眠っている頃、侯爵邸では瓦礫の山と化した屋敷で重要な資料の発掘作業が進められていた。
「片付けても片付けてもキリがないな。」
片付けの依頼を受けてやってきた冒険者が愚痴をこぼす。
冒険者と騎士達が協力して瓦礫を片付けていくが、量が量だけに数日かかっても終わる気配を見せないでいた。
「愚痴ってないで手を動かせ。」
「量が多すぎるんだよ。」
愚痴る冒険者に対して騎士の1人が
隼人の最後の一撃は、戦いで脆くなった侯爵邸を完全に破壊た上で周囲の建物まで被害を及ぼすほどの威力を秘めていた。
建物の中に居た人達はすでに救助されていて、運良く死者は出ていない。
「多いと言っても半分だけだろう。」
「半分と言われてもなぁ。何があったらこんな事になるんだよ。」
冒険者は最後の一撃が放たれた中心地を見て呟く。そこにはおおよそ人間が引き起こしたとは思えないほどの大きさのクレーターが出来上がっていた。
侯爵家の屋敷はユグドフレア王国貴族の屋敷の中でも大きい方なのだが、全体の半分ほどをクレーターが呑み込んでおり、跡形も無く消し飛んでいる。
爆発で吹っ飛ばされたわけではなく、超高温の炎によって蒸発。文字通り侯爵邸は半分無くなっていた。
「何だ、お前は見なかったのか?」
侯爵邸をふっ飛ばした一撃は多くの人が目にしている。
貴族の屋敷から聞こえる戦闘音と魔術の光。さらに騎士達が慌ただしく入って行く様子を見て何事かと家の外に顔を出す。
次の瞬間に直径50メートルほど、高さ300メートル以上の蒼い火柱が現れる。鼓膜を破壊するほどの大轟音の後に熱風が町中を駆け抜けた。
王都の人々は突然の出来事に慌てたが、騎士団の迅速な行動によってパニックによる被害は出なかった。
「残念ながら町の外に居たんだ。」
「残念かどうかは解らんな。俺は次元が違いすぎて自信を無くしそうだ。」
騎士の方は隼人の一撃を遠巻きに見ており、当日の事後処理にも参加していたので事の顛末については他の人よりも詳しく知っていた。
「確かにこの惨劇を作り上げる一撃を見るとそうなるか。」
「それもあるが、俺としては倒れていた奴らの状態の方がヤバいと思っている。」
「そうなのか?」
冒険者は色々な情報を持っている騎士の話に興味な様子で目を輝かせて津々に食いつく。
「あぁ。」
「ムスぺリオスに現れたという化け物のようなモノが居たんだが、数人の胸に拳くらいの大きさの陥没が出来ていたんだ。」
「殴って倒したって事か?すげぇパワーだな。」
「見た人に聞いた話だが、軽く拳を当てたと思ったらそうなったらしい。」
隼人が倒した魔術師の二人は胸骨が砕け、拳が当たった場所を中心に小さい範囲で肋骨も折れていたが、不思議な事にそれ以外にダメージを受けた痕跡が無かった。
一点に集約された攻撃のエネルギーは、周囲に影響を及ぼすことなく心臓にダメージを与えていた。
「そんな事ありえるのか?」
「解らないが、Sランク冒険者ってのは常識では測れないってことだ。」
「・・・だな。」
冒険者も摩訶不思議な騎士の話を聞いて、遠い目をしながら考える事を辞めた。
王宮の病室のベッドで結衣が目を覚ます。
「ふわぁ~。」
「やっと起きたわね。」
結衣は寝惚け眼を擦りながら伸びをし、あたりをキョロキョロと見まわす。
「ん~?何で私が病室のベッドで寝てるの~?」
結衣はベッドの横の椅子に腰かける雫に疑問をぶつける。
見覚えのない場所ではないが、隼人の隣のベッドは雫の場所のはずである。なぜ自分と雫の場所が入れ替わっているのかと頭にハテナが浮かぶ。
「覚えてないのかしら?」
『う~ん?』と顎に指を当てて首をかしげる結衣に対して雫は怒気を孕んだ笑顔を向けている。
「え~と、隼人に治癒魔術をかけて~そこからわかんないや~。」
雫の冷たい視線にもおくすることなく、いつもの調子で結衣はおどけてみせる。
「倒れたのよ!魔力の枯渇と栄養失調で!」
そんないつも通りの結衣に対して雫が怒りを爆発させる。
「そっか~ごめんね~。」
「ごめんねじゃないわよ、バカ!」
怒鳴られて謝る結衣を、雫は身を乗り出して強く抱きしめる。
「いたいよ~」
「本当に心配したんだからね。」
抱きしめられているので結衣から見えないが、雫の声は震えていて少し涙ぐんでいる。
会議の途中で走り出した結衣を追いかけて病室にたどり着いた雫が目にしたものは、ベッドの横で倒れている結衣だった。
おそらく、ありったけの魔力を隼人の治癒に投じて気絶したのだとおもったが、それを見た雫は気が気ではなかった。
最近の結衣の様子や隼人の症状、勇者パーティーの状況などをひたすらに管理してきた雫だったが、結衣が倒れた事によってついに感情を抑えきれなくなってしまった。
「ごめんね~次からはもう少し加減するよ~」
「次なんて無いわよ。隼人の事は王宮の治癒魔術師に任せるわ。」
自分でやりたがる結衣に、雫は話し合いで決まった決定事項を告げる。
「でも~」
案の定結衣はふてくされて頬を膨らませる。
「結衣は体力と魔力が完全に回復するまで魔術禁止。」
「えぇ~」
無慈悲な雫の言葉に結衣は食い下がる。
「へ・ん・じ・は?」
「は~い」
有無を言わせない雫の態度に結衣が根負けして決定事項に了承し、ぼふっとベッドに倒れ込んだ。
「結衣は隼人の事に対して頑張り過ぎなのよ。リンゴ剥いておいたから食べて休みなさい。」
「食べさせて~」
リンゴを剥いたと聞いて、再び身体を起こして『あ~ん』と口を開ける。
「仕方ないわね。」
「わ~い」
はしゃぐ結衣を見て、雫はやれやれといった様子で食べやすく切られたリンゴをフォークで刺して結衣の口元に運んでいく。
リンゴを食べ終わった結衣は、ご満悦な表情でベッドにもぐりこむ。
この日、結衣は隼人が倒れてから初めてしっかりとした睡眠が取れた。




