ブチギレ
誤字報告ありがとうございます。
非常に助かります。
「来るぞ。俺が抑えるから光輝は攻撃に集中してくれ。」
光輝は俺の指示に黙って頷き集中して魔力を練り上げる。
俺は光輝の前に立って突撃してくる侯爵の行く手を阻む。
「ウインドランス×32」
侯爵の周りに風の槍が出現する。
魔石の力で強化された槍は心なしか黒く淀んで見え、重苦しい圧を放っている。
「ファイヤーランス×32」
俺は対抗するように同数の炎の槍を展開して迎撃する。
風の槍と炎の槍が激突し、爆風と炎を撒き散らしていく。地面を焦がし、周りの木々は折れて発火する。
一秒にも満たない激突で、俺の魔術がやや劣勢ながらもなんとか全ての槍を撃ち落とす事に成功した。
爆炎の間を何食わぬ顔で駆け抜けた侯爵は俺に追撃を仕掛けようと拳を振りかぶる。
「ふんっ!」
いくら強化や纏いの力が引き上げられたとしても侯爵自体は嗜む程度の武術の心得しか持っていない。
俺は繰り出される右ストレートをギリギリでかわすも、拳に纏っていた風の刃が頬を切り裂く。
「・・・っ」
歯を食いしばって痛みをこらえ、カウンターでフックを叩き込む。
カウンターはきれいに決まるが、鎧に阻まれて公爵の突撃を止める程度にとどまる。
「はぁっ!」
侯爵と俺の攻防が続くなか、後ろで光の柱が落ちる。見ると光輝が剣を掲げて自分自身に光を落としていた。
ゆっくりと光の柱が消えていき、光の魔力を纏って淡く輝く光輝が姿を現す。
俺の後ろで弾けた光は侯爵の視界を奪い、侯爵は慌てて手を掲げて光を遮ろうとする。
「っ!」
俺はその隙に侯爵へと肉薄し、顎を砕く勢いで蹴りあげる。
「グフッ!」
またも風の鎧に阻まれてダメージ自体はそれほど無いが、蹴りの勢いで侯爵の体が宙を舞う。
逃げ場を失った侯爵に杏華と雫の追い撃ちがかかる。
侯爵は風の魔術を駆使して空中で身をよじるが、嵐の様な数のレーザーと魔術の矢の襲撃をすべてかわしきる事は出来なかった。
「厄介な連携ですね。」
「元々数はそっちが多かったんだ。文句は受け付けない。」
騎士に護衛、侯爵自身を含めてしまえば数は勇者パーティーよりも圧倒的に多い。数だけの話だが。
「私がそんな小さい器だと思いますか?」
「絶賛暴落中だな。」
俺はここぞとばかりに公爵を煽る。
裏切られたからとは言わないが、インカとか言う奴からもっと使えると判断されていたらこんな事にはなっていないだろう。
「戯れ言を!」
「お前も裏切られたり勇者と対峙したり運がないよな。」
オマケに勇者との対峙だ。
この戦いに勝ったとしても、侯爵は没落するんじゃないだろうか?
勝てる道は亡命か国の乗っ取りくらいか?どちらにしろ俺はやりたくない程に面倒だな。
「ほざけ!マイクロバースト!」
煽りにキレた侯爵は手をかざして魔術を発動する。
ゴッ
その瞬間、真上からとてつもない圧力がかかり、魔術の効果範囲内の地盤が一段沈む。
「っ!」
押し潰すような圧力で地面に這いつくばりそうになる。全身を襲う圧力で胃の中のモノが逆流しそうになるのを飲み込み、侯爵を睨み付ける。
なんとかこらえて立ち続けてはいるが、足は数センチ埋まって立っているのがやっとの状態だ。
後ろを見る余裕は無いが、光輝も似たような状態だろう。
雫と杏華が魔術を放って侯爵に攻撃するが、ほとんどが風の鎧に阻まれていて侯爵は攻撃を意に介した様子はない。
「おや、威勢が良いのは口だけですか?」
「どうかな?」
逆に煽ってくる公爵に苛立ちを覚えながらも、俺は身体強化をブーストさせて気力で一歩踏み出す。
ズンッ
ただ歩いただけで、固いはずの石畳がぬかるんだ地面かのように足が埋まる。文字通りの意味で一歩一歩地面を踏みしめて歩く。
「はぁっ!」
魔術の効果範囲を出ようと数歩歩いたところで、光輝が気合と共に光の剣を振り上げる。
光が空を駆け、さっきまでの圧が嘘のように消え去った。
「私の魔術を斬ったのか!?」
「意外と出来るもんだね。」
光輝はいつもの余裕な表情で笑い、俺に集中していた侯爵は光輝の攻撃に驚き後ずさる。
「あいつの鎧を引き剥がしたら仕止めれるか?」
「誰にモノを言っているんだい?簡単さ。」
戦いが長引くのは面倒なのでそろそろケリをつけたい。問題なのは鎧だが、一発かぎりで剥がせるプランは考えた。
きっと二度目は無いので確実に成功させたい。
「じゃあ頼む。」
「キミこそ出来るのかい?」
「余裕だ。暇なら目眩ましでもしてくれ。」
「わかったよ。ライトフォール!」
光輝は注文通りに侯爵に向かって光の柱を落とす。
雫と杏華にアイコンタクトを取って攻撃の手数を増やしてもらう。
「その程度の魔術で何ができると?」
雫と杏華の魔術は言わずもがな。光輝の光の柱も侯爵の高密度な風の屈折で捻じ曲がり、拡散されてダメージが通らない。
全員の魔術の連撃が終わったタイミングで侯爵に接近して近接攻撃の連撃を叩き込む。
「小賢しい技ですね。」
「まぁ、時間稼ぎだからな。」
どれだけ攻撃しても侯爵の鎧を突破できないが、手数を増やすごとに拳は侯爵へと近づいていく。
「何度やっても貴方の攻撃は私の鎧を突破できませんよ。」
「そうか?」
そして、連撃最後の一撃を放つ。伸ばした掌底は侯爵の胸に触れ、拳を握って胸倉を掴みあげる。
「何を!?」
「エクスプロージョン」
完全なゼロ距離から放たれたエクスプロージョンは、2人を巻き込んで大爆発し、侯爵の周りの空気ごと鎧を吹き飛ばした。
「バカなのですか!?」
爆発の中から全身を焦がした侯爵が悪態をつきながら飛び出す。
「バカなんだよ。バカだからこそ安心して信用できるんだ。」
「しまーーーー」
光輝は侯爵の行動を先読みして待ち構えていた。
光輝は光の剣を振るう。絶対的な防御を誇っていた風の鎧を失った侯爵は光輝の剣を防ぐすべなどなく首が宙を舞った。
「一件落着だな。」
「そうだね。」
半分自爆技を放って所々焦げ臭い俺と、纏いを解いて元の状態に戻った光輝が笑い合う。
しかし、一件落着だと思って気を抜いたのがいけなかった。
「結衣!!」
「え?雫ちゃん?」
雫の叫び声を聞いて振り向くと、雫が結衣を突き飛ばしていた。次の瞬間、雫のわき腹から剣が生える。
「ーーーーあ・・・」
「・・・うそ」
俺達から見えない角度からドーラと呼ばれたメイドが雫に剣を突き立てていた。
メイドが剣を引き抜き、支えを失った雫が力なく地面に倒れる。
「き、サマァあぁぁぁアぁァぁぁぁぁ!!」
一瞬何が起きたのかわからなかったが、一拍遅れて脳が理解した瞬間頭に血が上る。
今までにない程の魔力が溢れ出し、周囲の温度を上げていく。
怒りの炎が自分の身すら焦がしていくが今の俺にそんなものは関係ない。
気を抜いた自分の甘さを後悔しつつ、ただあのメイドを殺す事だけが頭の中を埋め尽くす。
「待って隼人!雫ちゃんなら大丈夫だから!」
結衣が珍しく早口で叫ぶが、その声は全く耳に入ってこない。
「インカ様も難儀な任務をくれたものですね。」
メイドは俺の様子を見て半ば諦めたように呟いた。
ブチギレて我を忘れた俺は怒りで魔力を暴走させ、熱波を撒き散らしながら理性を失った獣のようにメイドに飛び掛かる。
俺の記憶はそこで途切れた。




