牢屋
「インカ、ドーラ。2人は彼女をどう思う?」
レイラとフランクが退室した後、ドミニクスは後ろに控えていた2人に話を振る。
「精神力、魔力量共に最高の素材ですね。」
「ドミニクス様。彼女は被検体ではないので、やり過ぎないようにお願いします。」
インカと呼ばれた執事はレイラのスペックを褒め、ドーラと呼ばれたメイドは不敵な笑みを浮かべてアイコンタクトを取り合う二人を諫める。
「ドーラは少し真面目すぎるな。あの強気な性格を従順なペットに染め上げるのが楽しいのだよ。あの女はどんな顔を見せてくれるのかな?」
ドミニクスは新しいおもちゃを手に入れたかのような黒い笑みを浮かべて近い未来に来るであろう妄想に胸を躍らせる。
「子爵に疑われない程度に留めて下さい。」
先ほどまでは味方していたインカもドミニクスを落ち着かせようと忠告に回る。
「おや?インカが止めに入るとは珍しいな。」
「彼女で実験するのは賛成ですが、舞い上がり過ぎでございます。子爵とのいざこざは今は避けるべきかと。」
インカとしても、このままでは何をしだすかわからない程にテンションがかなり高いドミニクスを放置するわけにはいかない。
新薬の販売が軌道に乗れば他の追随を許さないほどの富も権力も手に入れる事が出来るが、現状で多方面から反感を買うのは得策ではない事はこの場に居る誰もがわかっている。インカはわざわざ言葉にして自分を含めた全員にその事を再認識させる。
「仕方ない。確かにすぐに壊してしまうのはもったいない事だし、時間を掛けてゆっくり楽しむとしようか。」
「お二人共、慎重に行動してくださいね。」
「わかっているさ。インカ、新薬の準備をする。」
「わかりました。」
ドーラにも追加で釘を刺されたが、ドミニクスは高いテンションを維持したままインカを連れて部屋を出ていく。
「あぁ、レイラが来てくれる日が楽しみで仕方ないな。」
「・・・」
インカとドミニクスが向かう先は屋敷の中でも秘密を知る一握りしか入る事の許されない部屋。
地下牢を改装して作った新薬の実験室。そこからはドミニクスとインカの笑い声と複数の苦痛の叫びがコダマしていた。
数日後、いつも飯を持って来てくれる使用人見習いが、レイラさんを連れて俺の元にやってくる。
「レイラさん、どうしたの?」
「最後の挨拶だ。お前は明日奴隷商に売り渡すことが決定した。」
レイラさんは暗い顔をしてうつむいたままっだったので、使用人見習いが俺の質問に答えてくれる。
「・・・急展開だな。」
こんなにも土壇場で教えられるものなのか?まぁ、一晩あるだけでもありがたいと言えるが・・・
「何で堂々としてるんだよ。もっとこう、喚いたりしないのか?」
この後の行動をどうしようかと考え込んでいると、使用人見習いが俺の態度にツッコミを入れてくる。
確かにそんな状況だけど、奴隷とか言われてもいまいちピンと来ないんだよな。鉱山でも連れていかれて肉体労働の日々でも待っているのだろうか?考えても良く解らん。
「どうもそういう感情に疎くて。泣き喚けば良かったのか?」
「本当にやられると面倒だからやめてくれ。子爵様の温情で最後に別れの挨拶の時間を作ってくれた。泣いて喜ぶと言い。」
そう言って使用人にならいは少し離れる。
「ハヤト様。お話しておきたい事があります----」
「レイラさんちょっと待って。見習いくん、今から愛を語らうんだけど他人に聞かれると恥ずかしいから席外してもらえる?」
ようやくレイラさんが顔を上げて真剣な表情で話し始めるが、おそらく聞かれない方が良い話なので使用人見習いをさらに遠ざける。
「・・・お前は本当に図太いな。2人っきりだからって変な事するなよ。」
「なっ!」
使用人見習いの余計な一言で、レイラさんは顔を赤くする。
「さっさとどっかいけ。」
俺も『変な事』の意味を理解できないわけではないので、レイラさんにつられて気恥ずかしくなるが、何とか冷静さを保って使用人見習いを追い払う。
「・・・本当に離れてくれるのですね」
「あいつバカだろ。」
馬鹿正直に離れてくれる使用人見習いをディスりつつ、話を再開する。
「この場は私が何とかしますので、奴隷商に売られる前にハヤト様だけでもお逃げください。」
「今逃げたらレイラさんが大変な事になるだろ。そんな事よりも何か新しい情報は無いのか?」
レイラさんは牢屋の格子を掴んで俺に耳打ちしてくる。
「これ以上ハヤト様に迷惑をかけるわけにはいきません。」
「逆にこんな中途半端で放り出されても困るんだけど。子爵からは狙われるだろうし。」
「ですが----」
「レイラさんが何と言おうと最後まで付き合わせてもらうよ。時間も無い事だし手短に話そうか。」
今までもやるといった事はちゃんとやってきた。今さらヤバそうだからといって引き下がる訳にはいかない。ガイアスとの約束もあるし、光輝達にも啖呵切って出て来たんだ。失敗しましたでは合わす顔が無い。
「・・・わかりました。何からお話ししましょうか。侯爵様と挨拶をしてきたのですが、そこで先日助けたメイドが働いていました。」
「結局、死なずに帰ったのか。」
辞める訳ではなく、死のうとしたのは恐らく理由があっての事だろう。
「もしかしたら、侯爵家には何かあるかもしれません。」
「急に力を付けた侯爵とそこで働く死にたがるメイドか・・・」
ポジティブに考えるのであれば、何かを知っていて辞めるに辞められないといったところだろうか。
「侯爵家の事をご存じだったのですか?」
「見習いくんから聞いた。色々教えてくれるいい奴だよ。」
「・・・そうだったんですね。」
レイラさんが驚いた顔をするが、俺だって投獄生活を食っちゃ寝ですごしている訳ではないんだよ。ちゃんとこの戦いをひっくり返せるように考えている。
「行きつく答えは一緒だったって事だな。俺が何かあるであろう侯爵家をガサ入れして、証拠品を手に侯爵を没落させればいいんだよね。身内を説得できないなら相手を潰せばいい。これぞ発想の転換。」
むしろ敵側の考え方。バカには脳筋プレイが手っ取り早くて確実だ。
「そこまでの事は考えていませんが、侯爵もかなり危ない橋をわたっている事は確かですね。」
「じゃあ、俺は明日逃げ出すから宜しくね。」
狙うのは奴隷商への引き渡しの瞬間だ。全員がみている前で泥臭く脱走するとしようか。
「・・・わかりました。本当に気を付けてくださいね。」
「わかってるよ。」
「レイラさんも辛いだろうけど頑張ってね。」
話が終わったタイミングで、見計らったかのように使用人見習いから面会終了を告げられる。
レイラさんは、来る時よりも前向きな表情で牢屋を後にして行った。




