牢屋
「俺は、どこで間違えたんだ?」
いや、うん。何かイラッときてレイラさんのお父さんに噛み付いたのがダメだったって事くらいわかってるんだけどさ。こんなにも簡単に牢屋に放り込まれるモノなのか?
俺の荷物とループスはレイラさんが預かってくれているのは不幸中の幸いといったところだろうか?いや、ループスはこっちでも良かったんじゃないのか?俺が寂しいし・・・
どうやらこの牢屋は魔術の使えない空間のようだ。先ほどから魔術を使用しようとしても発動する気配が無い。
・・・これからどうしようか?俺は取り敢えず座り込んで考える。
ポジティブに考えるなら、敵地に居て情報収集がしやすいともいえる。まぁ、牢屋に入っているんだから話し相手は看守くらいなんだけど・・・
看守が話し相手になってくれるのかは怪しいところだな。大した情報も持ってなさそうだし。
となると、テンプレ的にはわざわざ牢屋まで俺を罵倒しに来る子爵の親族とか、何故かレイラさんの味方になってくれているメイドとかから話を聞くしかないな。
そんな人が居ればの話だけど・・・
アホな事を考えていると、牢屋に近づいてくる足音が聞こえてくる。
「お前もバカだな。ファン・デル・フェルデン子爵様に逆らうなんて。」
現れたのはトレーを持った少年。一瞬、何故かレイラさんの味方になってくれているメイドさんポジションかと思ったが、開口一番に罵倒されたのでおそらく違うだろう。
「何かムカついたからな。あんたは?」
「ここで使用人見習いをしている。子爵様の命令で飯を持ってきたんだ。」
「飯はくれるのか。なかなか律義な人だな。」
「そりゃそうだろ。死なれたら困るさ。」
トレーには質素だが食べ物が載せられていた。どうやらレイラさんの父親は常識のあるタイプの貴族のようだ。少し俺の中での株を上げておこう。
「殺してやるって感じの雰囲気出してたけどな。それで、ここにはいつまで入ってりゃいいんだ?」
「奴隷商が来るまでじゃないのか?子爵様への不敬罪で犯罪奴隷として鉱山送りだろうな。」
奴隷はいただけないな。奴隷がどんな労働環境かは知らないが、きっと強制的に働かされるのだろう。最悪だな。
頃合いを見て逃げ出そう。恐らく護送の瞬間がベストだろうな。
「・・・なるほどね。不都合な人間はどこかに行って貰うってことか。」
その場で処断にならなかっただけよかったな。
「どうした?怖くなってきたか?」
「全然。そんな事よりもレイラさんの結婚相手になる侯爵の事を教えてくれよ。」
適当に貰った飯を食いながら話を聞く。多分こいつは結構しゃべってくれそうな気がする。
「なんだ何も知らないのか?侯爵閣下は最近すさまじい勢いで勢力を伸ばしている御方だ。」
「理由は?」
一気に成長したとなると、何か面白いものでも発掘したのか?ダンジョンが出来たとかだろうか?
「詳しくは知らないけど、侯爵閣下主導で開発していたモノが完成したというウワサは聞いたな。」
「どんなモノだ?」
この世界にも研究成果の発表とか特許とかあるのだろうか?世界をよりよくするための技術革新なら手の施しようがないな。
「それがわからない。上の方の人達しか知らないんじゃないのか?」
・・・大々的には発表出来ないモノなのだろうか?もしかしたらそこに裏があるかもしれないな。
「ありがとう。有意義な会話だったよ。」
俺は食べ終わったトレーを使用人見習いの少年に返して礼を言う。今後もあの見習いくんが来てくれるなら情報収集の為に話しかけよう。
「冥土の土産になったか?」
「十分だ。」
少年はトレーを俺から受け取り、足早に出口へと去って行った。
そんなにここに居るのが嫌だったのだろうか?出来れば居たくないけど、あそこまで忌避するモノでもないだろうに。
腹も満たされたところで、一番懸念している事態を把握するために目を閉じて集中する。
「おぉ、来れるとは思わなかった。」
祈った後で目を開けると、真っ白な空間に切り替わっていた。
「聖騎士になったことで私とパスが繋がったのですよ。」
俺の呟きにディアが反応をくれる。
「なるほど。じゃあ、教会を通さなくてもここに来れるんだ。」
「そういう事なのですよ。」
「となると、アルカディア王国の教会以外は寄る必要もなくなったな。」
わざわざ教会に行く手間が無くなるというのに、なんでそんな便利な事を今まで教えてくれなかったのだろうか?マリエルさんに会えなくなってしまうので、アルカディア王国の教会には寄ろうと思うけど、それ以外の国では楽が出来そうだな。
「女神としては、ちゃんと寄って欲しいのですよ。正式な場所以外からの交信は非常事態の時だけにして欲しいのですよ。」
「・・・わかった。」
残念だ。確かに聖騎士ともあろう人が教会に近づかないのは可笑しな話だな。皆聖騎士が居るなんて事を知らないけど・・・
「その通りなのですよ。連絡も無しに遊びに来られたようなモノなのですよ。」
「微妙にわかりにくいな。」
まぁ、礼儀を欠いたやり方だという事は伝わった。
「そんな事よりも、今日は言わなければいけない事があるのですよ。」
「何でしょうか?」
思わず敬語が飛び出す。だって絶対今回来た件についての言及なんだからな。自分から切り出してペースをつかみたかったのだが仕方ない。
「聖騎士様が牢屋に入っているのは外聞が悪いのですよ。フィーレも怒っているので直ぐに出るのですよ。」
「俺も出たいんだけど、もう少しここで情報収集してても良いか?あの使用人見習いが結構良い情報をくれるんだよ。」
やっぱり捕まった件だったな。取り敢えず、見習いくんから欲しい情報を聞き出すだけ聞き出しときたいんだが、猶予は貰えるのだろうか?
「フィーレを止めるのは大変なのですよ。」
「落ち着いたらユグドフレア王国のお菓子を沢山お供えしますのでどうかお願いします。」
俺は頭を下げながら元々買う予定だったお茶菓子を餌にディアを釣ってみる事にする。
「もう一声なのですよ。」
「じゃあ、結衣に頼んで何か作ってもらいます。」
必殺の結衣だ。この間の結衣のお菓子は気に入ってくれてたみたいだし、紅茶に合いそうなモノを作ってもらおう。
「フィーレの事は私に任せるのですよ。」
「宜しく。」
「この世界には無いモノを所望するのですよ。」
ディアは満面の笑みで手を大きく振って俺を元の牢屋に送り出す。
・・・最後に不穏なセリフを吐いていたが気のせいか?取り敢えず聞こえなかった事にしておこう。




