挨拶
数日後、レイラさんの父親の時間が取れたという事で、俺とレイラさんはファン・デル・フェルデン邸に向かう。
しかし、その足取りはいつも以上に重かった。
「レイラさん、そんなにくっつかなくても良いと思うんだけど?」
「ダメです。どこで見られているのかわかりませんので、このまま行きます。」
レイラさんは、本当の恋人の様に俺の腕を抱いて寄り添い、腕に伝わる柔らかな感触やらレイラさんから香る女性特有の匂いやらで、大変歩き辛い。
「周囲の索敵は怠ってないから、誰かに付けられたリ覗き見られてリしたらすぐにわかるよ。」
「見られてから慌てて腕を組んでは怪しまれます。今は完璧に婚約者を演じなければいけません。」
レイラさんはそう言って俺の腕をさらに強く抱きしめる。心なしかレイラさんの心拍数が高いのは、それだけ父親に会う事に緊張しているからだろう。腕を抱いているのは緊張をほぐすためのモノなのかもしれない。ここは男としてしっかりサポートしてあげなければいけないな。
「確かにその通りだな。」
しかし、このレイラさんの念の入れようには感服するばかりだ。俺も一層気を引き締めて事に当たろう。
俺は右腕に伝わる感触を頭の隅に追いやり敵地を目指す。
結局、俺達を遠目から見る様な者は現れず、ファン・デル・フェルデン邸にたどり着いた。
そして、メイドに案内されてファン・デル・フェルデン家当主である、フランク・ファン・デル・フェルデン子爵の執務室に足を踏み入れる。
「ようやく帰って来たか。」
「・・・はい、お父様。」
レイラさんの父親は想像していたエルフ像とは違い、かなりの貫録を有した体格と渋さを持っていた。
「レイラ、早速だがお前にはディーデリック・デ・フィッセル侯爵の元に嫁いでもらう事となった。デ・フィッセル卿は博愛主義者で、愛人としてではあるがお前をそばに置いてくれるそうだ。」
当然の様に控えている俺は無視されてファン・デル・フェルデン子爵は本題に入る。俺は護衛だとでも思われたのだろうか?確かにこの場に婚約者を連れてくるとは思わないと思うが、従者扱いで完全に居ない者とされるのもカルチャーショックがでかいな。
「お父様。その件なのですが、お断りしたく思います。」
「何?」
思いがけないレイラさんの発言に、ファン・デル・フェルデン子爵が驚きの声を上げる。
「実はこちらに居るすでに婚約しておりまして、デ・フィッセル様と結婚するとなりますと、世間体が悪くなります。」
「レイラさんの婚約者の隼人です。」
レイラさんに紹介され、俺はここ数日で練習していた貴族式の挨拶で頭を下げる。
そんな俺の姿を見て、レイラさんの父親が怪訝そうに眉をひそめた。
「レイラの護衛ではなかったのか。だが、デ・フィッセル卿との結婚は決定事項だ。どこの馬の骨ともわからん輩にくれてやるわけにはいかん。」
レイラさんの父親は、明確に怒りを孕んだ声を上げて、俺を睨みつける。
かなり貫禄のある姿に気圧されそうになる。目力が半端ない。今すぐにでも回れ右で帰りたいところではあるが、レイラさんの為にもここはグッとこらえる。
「ハヤト様は優秀な冒険者です。冒険者ギルド・アルカディア王国王都本部がハヤト様の身分を保証します。」
「ふん。冒険者などという低俗な身分を保証されたところで何も変わらん。」
レイラさんの父親は、冒険者を低俗だと言い切った。確かに素行の悪い連中は多いが、高ランクで貴族とのかかわりがある人達はそれなりに礼節を持った行動が出来るはずだ。
待てよ。俺を含めて礼節を持った行動なんて誰が出来るんだ?かろうじてパトリック位か?その他Sランク冒険者もおかしな奴ばっかりで礼儀の礼も知らなさそうだな。
ダメだ。フォロー出来る気がしない。
「低俗とは問題発言ですね。貴族からしても冒険者は必要な存在だと思いますが?」
「必要ないな。奴らが居れば治安が悪くなる。」
「そんな事は----」
「無いと言い切れるか?物資や金は回るが、それ以上に器物破損や迷惑行為の件数が増えている。私としては居ない方が治安を維持しやすい。」
レイラさんが必死に食らいつくも、口論はレイラさんの父親が優位で進んでいく。
「しかし、有事の際は冒険者が必要になるはずです。」
「それで?こいつと縁が出来れば何かが変わるのか?」
話が俺の事の方に戻ってきた。
「それは・・・」
「そちらにメリットがあればいいんですか?」
すでに根付いているモノは変えれなくても仕方ないだろう。要はどう使うかだ。仲良くすることのメリットさえ認識してもらえればなんとかなるはず。
「部外者は引っ込んでいてくれないかね?」
「先日、私はSランクに昇格させていただきました。私と仲の良いパフォーマンスをしていれば、冒険者側としてもファン・デル・フェルデン子爵様に好印象を抱くかと思います。その絆は何かファン・デル・フェルデン子爵様に不都合があった時に力になってくれることでしょう。」
「ランクも絆も関係ない。今まさに貴様は私の計画を妨害しようとしている邪魔者でしかないのだからな。」
Sランクのカードを見せてメリットを提示してみたが、しょぼい絆程度では政略結婚を覆す事は出来ないか。
こうなったら仕方ない。打てる手は打つとしよう。
「レイラさんの、娘さんの幸せを考えてあげる事は出来ないんですか?」
「デ・フィッセル卿よりも、貴様の方がレイラを幸せに出来ると?」
「もちろんです。デ・フィッセル侯爵よりもレイラさんの事を知っていると自負しております。そして何より、私はレイラさんの幸せを望んでいます。どうか、ご理解いただけないでしょうか?」
俺は再度レイラさんの父親に頭を下げる。
隣でレイラさんが何やらおかしな挙動を取っているような気がするが気にしない。
「くだらない。レイラとて貴族の端くれ。自分の幸せよりも家の繁栄のために動かねばならん事は良くわかっているはずだ。なぁ?」
「・・・はぃ。」
レイラさんは、父親に凄まれて普段からは想像もつかないような弱々しい声を上げる。
「そんなものは----!」
「くどい!その無礼者を捕らえよ。」
「「はっ!」」
・・・え?
後ろに待機していた使用人に腕を掴まれて引きずられる。
あれ?噛み付きすぎたか?レイラさんの弱々しい姿を見てヒートアップしてしまったのは認めよう。しかし、強行手段に出過ぎではないですかね?
「お父様----!」
「明日、デ・フィッセル卿との面会を取り付けてある。お前はそれまで部屋で待機だ。」
レイラさんが必死に反抗しようとするが、すぐに父親に黙殺される。
そして俺はそのまま地下室まで引きずられていった。
「あの、ハヤト様の処遇は?」
「幸いお前たちの婚約はここにいるものしか知らない。貴族に逆らった愚か者としてどこかへ消えてもらうさ。」
「・・・。」




