ユグドフレア王国
アルカディア王国王都から、ユグドフレア王国王都までは、馬車移動でおおよそ2ヶ月ほどかかる。
乗り合い馬車では乗り換えの都合でもっとかかってしまう事もある為、お金に余裕があれば飛行船の定期便に乗るのが一番である。まぁ、それでも2週間近くかかってしまうわけだが。
その点ループスに乗っていけば、すべての夜を町の宿に泊まった上で、1週間程度で走破出来る。
もっと早く走れるが、今回はレイラさんも乗っているのでさすがに手加減している。
時間と金額を踏まえた上で選ばない手は無いと思っていたのだが、まさかこんな事になってしまうとは思いもしなかった。
俺は移動速度の効率しか考えておらず、レイラさんと相乗りした場合のシミュレーションを怠っていた。
結果、この1週間は天国と地獄が混在する日々となってしまった。
旅の後半はお互いにある程度は吹っ切れてきたが、中盤は思いっきり意識してしまってかなりきつかった。
そんな旅の終わり、ユグドフレア王国王都が見え始めた頃、遠くでゴブリンに襲われるメイド服の女性を発見する。
「レイラさん。少し寄り道するよ。」
「構いません。」
レイラさんも女性に気が付き、助ける事に同意してくれる。
「ルー襲われてる人の方に向かって。」
「ガゥ!」
ループスが少し進路を変更し、女性の方へと一気に近づいていく。
ゴブリンは3体。1体のゴブリンが棍棒を振り下ろそうとするが、間一髪のところでファイヤーバレットを叩き込む事に成功する。
「伏せろ!」
女性に警告するも、気が動転しているのか中々伏せようとはしてくれない。
仕方ないのでループスに止まってもらい、突然の攻撃に呆けているゴブリンをファイヤーバレットで始末する。
伏せてくれたらもっと気楽に戦えたんだが、苦労は対して変わらないと思うのでまぁ良しとする。
「大丈夫ですか?」
俺はループスから降りて、地面にへたり込んでいる女性に手を差し伸べる。
「お構いなく。」
女性は俺の手を取る事無く立ち上がり、少し不機嫌そうな声でそう言った。
別に助けた事から始まるラブロマンスを期待していた訳ではないのでショックではないのだが、この塩対応はいかがなモノだろうか?光輝なら違ったのか?顔か?顔なのか?
「貴女、助けて貰ってその対応は失礼ではありませんか?」
レイラさんはこの女性の対応にご立腹のようだ。
「誰が助けて欲しいと言いましたか?私はこのまま死ねれば良かったのです。」
女性は俺達を睨みつけて、さらに暴言を吐く。
どうやら本当に死にたかったようだ。女性の来ているメイド服はかなり仕立てが良いので、それなりの屋敷に勤めているはず。
自殺したがるような何かがあったのだろうか?
「そんな言い方はないでしょう。」
そんな事を考える俺をよそに、レイラさんもヒートアップしていく。しまった先に止めに入るべきだった。
「あなた方には関係ない事です。失礼します。」
女性は俺達に一礼して王都と逆の方向に走って行ってしまう。
俺達はその後姿を呆然と見つめる事しかできなかった。
「あの女性は何だったのでしょうか?」
先に正気に戻ったレイラさんがポツリとつぶやく。
「どうせ面倒事だ。関わってる暇なんて無いだろ。」
光輝なら彼女を助けるかもしれないが、俺にそんなたくさんの事は出来ない。まずはレイラさんの事をしっかりやらないと。
「そう、ですね。すみません。」
「謝らないでくれ、レイラさんが正しいんだ。俺はこういう時に動けない無情な人間ってだけだから。」
心なしか寂しそうな声を出すレイラさんに、俺の方がおかしい事を伝える。
俺は昔から何かに興味を持つという事がほとんどない。だから、正義感で彼女を助けたは良いが、関わるなと言われてしまったから関わる気が起きないのだろう。実際、彼女がどうなろうとどうでもいいとさえ思っている。
「そんなことありませんよ。本当に無情であれば、彼女を助けたりなんかしません。」
「そうか?」
そういうモノだろうか?ただの中途半端な正義感で助けただけだったのだが、確かに無情なら見て見ぬふりをしていたかもしれない。
昔の俺なら見捨てていただろうか?
「ハヤト様の優しさは私が保証しますよ。」
考え込む俺に、レイラさんがフォローを入れてくれる。なんだか変な空気になってしまったな。俺は礼を言って女性の事を考えるのを止める。
「ありがとう。取り敢えず王都に向かおうか。」
「はい。」
気を取り直して、すでに地平線の彼方に見えているユグドフレア王国王都の門を目指す。
「意外と他の国と変わらないんだな。エルフ住んでる場所って言ったらこう、森の中でデカイ木が中心にあるようなモノを想像してた。」
検問を超えて目に飛び込んできた町並みは、アルカディア王国とあまり変わらない風景だった。
アルカディア王国と比べて街中に木が多いと思える程度の違いで、予想していたエルフの国とは全然違った。
「ユグドフレア王国はエルフの国というわけではありませんので。人口の割合的には2割程度でしょうか。私の家の領地を含めて、エルフの治める領地はハヤト様の想像と近いかと思います。」
「成る程。そっちの方が行ってみたいな。」
どうやらユグドフレア王国はエルフの国ではないらしい。人族が半分、エルフ族、獣人族、ドワーフ族が半分の多種多様な種族の国らしい。
国土は森が多く、エルフ領が多いのでそういったイメージが先行しているが、そうでも無かったようだ。
「行ってもあまり面白いモノはありませんよ?」
「まぁ、一度見てみたいだけだから。」
森の中のツリーハウス軍とか完全にファンタジーだからな。それ以外に何もないと言われてもそれが見れれば問題ない。
しかし、レイラさんはあまり乗り気ではない様子だ。やっぱり家出してきた身なので、自分の故郷に帰るのは敷居が高いのだろうか?
行く事があれば案内を頼みたかったのだが、そんな事は言ってられなさそうだな。
「とりあえず、今日は宿を取って休もうか。」
「そうですね。」
俺達は適当に散策しながら宿を探し、1人部屋を2つ取って休むことにする。
コンコン
ベッドの上で、ループスと遊んでいると、部屋の戸をノックする音が聞こえる。
返事をして扉を開けると、寝間着姿のレイラさんが立っていた。




