出発
数日後、俺とレイラさんの準備が整ったので、ユグドフレア王国に向けて出発する日を迎えた。
「ギリギリになったが、なんとか間に合ったぞ!」
出発前にガイアスに呼び出され、ギルドに立ち寄ると新しいギルドカードを渡される。
黄金に輝くカードには、デカデカとSの文字が刻印されていた。
「なんだこの成金趣味のカードは?」
俺は、この輝くカードを他人に見られていないか確認しつつ、隠しながらコソコソとマジックバッグに仕舞い込む。
大々的に発表こそしないものの、新たなSランクの冒険者が誕生したことは噂になるだろう。このカードを見られる訳にはいかない。
「冒険者として最高ランクまで成り上がった奴の証だ!そんな奴がビクビクしてんじゃねーよ!」
「こんなもん見られた日には面倒事の祭りが始まるわ!もっと地味な色にしてくれよ。」
何でSランクだけこんな豪華なカードになってんだ。他と一緒で良いだろ。
「無理だバカ!」
「だろうな。」
Sランク冒険者は二桁と居ない最高位だ。ほぼすべての冒険者の憧れであり、目標であると言っても過言では無い。
ここに例外が居るのだが、そんなごく少数の意見の為にこの差別化を撤廃する力なんてさらさらないだろう。
取り合えず、俺の用事は終わったので、レイラさんの方を見てみると、ギルド職員に見送られている所だった。
こっちは完全に送別会といった感じだろうか。数人の受付嬢なんかは泣きながら握手をしている。
断片的に『健闘を祈ります』だとか『大丈夫です』だとかの励ます声から『資料は纏めてある』だとか『プラン通りに』だとか、何だか婚約破棄には関係あるようなないようなモノまで聞こえてくる。
まぁ、関係あることならいずれ教えて貰えるだろう。今はスルーしておくことにしよう。
「ハヤト様、そろそろ行きましょうか。」
一通り挨拶をし終わったのか、レイラさんがこっちに駆け寄ってくる。
「もう良いのか?」
「はい。あまり長く居ても仕方ないので。」
「わかった。」
まぁ帰ってくる予定だし、送別会ムードをかもし出されてもどうしていいか解らないのも事実だろう。
俺とレイラさんは、ギルドの出口へと足を向ける。
「ハヤト、頼むからレイラを連れて帰って来てくれよ!」
振り向いた矢先、後ろから涙ぐんだガイアスの懇願する声が聞こえてくる。
「何で半泣きなんだよ。ギルドを治める人間としてのプライドとか無いのか?」
確かにガイアスが有能なところを発揮しているのは見た事が無いが、ある程度は仕事をしていると思いたい。
「ある!と言いたいところだが、レイラの仕事っぷりを考えると即答しかねる。」
「自信満々に言うなよ。」
もし、ガイアスの仕事がガラの悪い冒険者を威圧する事で、実質ギルドを運営しているのがレイラさんなのであれば、この状況もうなずける。まぁ、レイラさんも仕事の引き継ぎはしているだろうから問題無いと思うのだけど。
しかし、この様子では俺の予想が『当たらずとも遠からず』といったところにおさまりそうで怖い。
本当にギルドのトップがこれで良いのだろうか?いや、絶対ダメだろ。
今にもマジ泣きしそうなガイアスは放って置いて出発することにする。
王都の外に出て、ループスに元の大きさに戻ってもらう。
「ハヤト様、馬車や馬が見当たりませんが?」
「あぁ、言ってなかったっけ?ルーに乗ってくよ。二人くらい余裕で乗れるし。」
「ガゥ!」
俺の発言に、ループスが任せろといった自信満々な声で鳴く。
「そ、そうですか。ルー様お願いしますね。」
「ガゥ!」
どうやらレイラさんとしては、ループスに乗っていくのは意外だったようだ。俺としては、早くて経済的だから一択だったんだけどな。
馬を借りるにしても、乗り合いの馬車で行くにしても、お金がかかる事に変わりはない。それに、今回の旅はレイラさんから報酬をもらわないので、削れる所から削っていく。レイラさんはお金をくれようとしたが、俺が断った。
そもそも、レイラさんからのギルドを通した依頼ではなく、友人としてのお願いだから助けようとしたのが発端だ。そこに金銭は発生しないし、移動に関してもついでで一緒に行くのが自然な流れだろう。
俺としては普通の考えだったのだが、レイラさんは中々折れてくれなかった。もちろん俺の意見で押し切ったが。
ループスには伏せをしてもらい、レイラさんを乗せる。その後ろに俺が乗ってみると、何とも言えない状況が生まれる。
必然的に俺はレイラさんを後ろから抱きしめるような形でループスにしがみ付く。
レイラさんは俺よりも小柄だが、大きく身長が変わるわけではないので、俺の顔がレイラさんの横に来てしまう。
俺が呼吸をすれば、レイラさんの少し尖った耳に吐息がかかる事になってしまう。これは少し犯罪チックだ。俺は移動中、息を止め続けなければいけないのか?
レイラさんも吐息が当たるのを気にしているのか、心なしか耳が赤くなっている気がする。
そんな事を考えていると、俺もレイラさんに密着している現状に意識が向いてしまい心拍数が上がり始める。レイラさんに気付かれないように、少し密着度を下げる。
「は、ハヤト様、この体勢はなんと言いますか、そのーーーー」
「確かに良くないな。俺は降りて走ろう。」
まだ走り出してもいないのに大変なことになってしまった。
「そこまでされなくても。」
「でも、ギルドで別れた手前、今から馬車探すのも恥ずかしいし。」
意気揚々と出てったのに、馬の手配を忘れて足止めとかマジで恥ずかしいわ。
「私が後ろに乗ります。」
「それだとあまり変わらなくないか?」
確かに俺は犯罪者ではなくなるけど、根本的な解決にはつながらないだろう。
「大丈夫です。私の気持ちの持ちようが変わりますので。」
「・・・じゃあ、取り敢えずそうしようか。」
「はい。」
今度は俺がレイラさんの前に乗り、レイラさんが俺に抱き着く形になる。
俺は、レイラさんに抱き着くのは控えて、覆いかぶさるように密着したが、レイラさんは俺の腰に手を回して完全に抱きしめている。
つまり何が言いたいかというと、俺の軽装備にレイラさんの柔らかな二つの重装甲が形を変えて密着しているという事だ。
「レ、レイラさん。そんなにもしっかりつかまらなくても大丈夫なように走ってもらうからね。」
「わ、わかりました。しかし、慣れるまではこれでお願いします。」
レイラさんは初めてループスに乗るという事で、少し緊張している様だ。
「そういえば、ユグドフレア王国の大体の方角はわかるんだけど、レイラさんの故郷ってどう行くのが早いんだ?」
「あぁ、私も目的地の報告を失念しておりました。目的地は領地ではなく王都です。」
「・・・え?」
「相手方が王都に居ますので、そちらに向かいます。」
「・・・」
こうして、俺とレイラさんの色々な意味で少し危険な旅が始まる。




