ちょっとした運動
アトランティス王国から戻ってきて数日。
俺はカサリの借金を帳消しにしてニート生活を満喫していた。
「・・・今日も平和だな。」
「ガウッ!」
ルーと遊びまわり、帰ってきては寝るような生活を繰り返してギルドに顔を出す。
「いらっしゃいませ、ハヤト様。」
若干疲れた様子のレイラさんの所に向かう。最近ギルドで問題でもあったのだろうか?
ガイアスがサボってるとかならいいんだけど、個人的なものならあまり踏み込まない方が良いかもしれない。
レイラさんには世話になってるし、こんな状態が続くなら一度聞いてみよう。
「レイラさん、なんか丁度いい討伐依頼はあるか?」
俺は気を取り直してレイラさんに手ごろな仕事がないかを聞いてみる。
「もう、お仕事を再開されるのですか?戻られて数日しかたっておりませんが。」
レイラさんが俺の早い仕事復帰に驚く。普通は大きな仕事から帰って来たら装備の修理とかもろもろで結構休むんだっけ?
俺の場合ほとんど壊れてないし、飛行船での移動の間は休みみたいなものだったしで、相当休んだ気でいたんだけどな。
「ルーと遊んでるのも飽きてきたから、運動がてら小銭稼ぎでもしようかと思って。」
「遊び感覚で依頼を受けられるのですね。」
レイラさんに呆れられるが、実際ルーとの散歩で近場の魔物は逃げて行ってしまうし、そこらの魔物よりも明らかに強いループスと模擬戦もしている。
もちろん戦うときは油断はしないが、緊急依頼でAランクモンスターとかが出てこない限りピクニックと何ら変わりない気がしている。
「正直ルーが強すぎてこの辺りじゃ運動にもならん。強くて食える魔物が居たら丁度いいんだけど。」
「でしたら、グレートボアとかはどうでしょうか?」
「美味いのか?」
ボアと言えばイノシシだろうか?牡丹肉はあまり食った記憶がないな。
「はい。ランクCの魔物で、体長4mを超えるイノシシです。肉は高級食材として扱われています。依頼自体は常時受け付けているのですが、あまり人里に降りて来ず緊急の依頼がない事とその巨体の持ち帰りに難がある為、討伐依頼を受ける人はおらず肉はなかなか市場に出回っていません。ハヤト様ならマジックバッグがあるので問題ないかと思います。」
「なるほど、巨大なマジックバッグがないとコスパが良くないのか。どこで出るんだ?」
俺にはループスもいるし、普通の冒険者が数日かかる場所でも日帰りで行けたりする。最悪飛んで帰ってこれば良いしな。
「あまり近くはありませんが、森の奥まで行けば出会えるかと思います。」
「走れば日帰りでイケそうだな。」
「普通は行けませんよ。」
やっぱり呆れられた。まぁ普通はそうだよな。
「ルーも居るから大丈夫だ。」
「ガゥ!」
取り敢えずループスのおかげってことにしておこう。
「受けられる際は一声おかけください。」
「明日ルーと行ってくるよ。」
「ガゥ。」
「わかりました。お気を付けて。」
レイラさんは俺の謎の行動力に驚きつつも、普通に対応してくれる。
多少は真面目に動かないと本当になまる。
さすがにクラーケンのような魔物と戦うことは稀だろうけど、デカブツ相手を練習しておかないと次は危ないかもしれない。
その後、レイラさんとグレートボアの話をして翌日にそなえる。
翌日、グレートボアを探すべく森へと足を踏み入れる。
相変わらずゴブリン等の魔物はループスに寄り付かず、たまに逃げ切れないと思ったのか決死の突撃をしてくるヤツが居たくらいで楽に森の奥へと進んでいった。
「この辺りにいそうなんだけどな。ルーはわかるか?」
「がぅ・・・」
レイラさんの話では、グレートボアは森の奥の小高い山に居るとの事。
そのふもとまで来たが、辺りにそれらしい影は存在しない。
「索敵範囲を広げてみるか。」
俺は気配察知や魔力知覚をフルに使って大型の魔物を探す。そして、前方1Kmほどの所にそれらしい影を見つける事に成功する。
「お、いたっぽい。ルー真っ直ぐ進むぞ。」
「ガゥ!」
俺達は一直線に進んでいき、のそのそと歩く巨大な影を2つ発見する。こっちが視認したところで向こうもこちらに気づき、2対2で向かい合う。
「正面からの特徴も一致するし多分あれがグレートボアだ。しかも二頭いるから俺とルーで一頭ずつだな。」
「ガゥ!」
ループスもやる気満々といった様子で返事をする。
「売れる様にキレイに倒してくれよ。」
「ガゥ?」
どうやらそっちには自信が無かったらしい。まぁ、火の魔術で焼き殺さなければ売れるから良いか。
俺とループスは左右に分かれて1対1の状況を作り出そうとすると、グレートボアも空気を読んでくれたのか1人づつを追ってくれた。
「イノシシってどうやって絞めるんだっけ?まぁ、豚とかと同じで脳震盪でいいか。」
そんな事を考えていると、俺の方を向いていたグレートボアが一直線に駆けだしてくる。
ループスよりもはるかに大きく、重量感のある巨体が怒涛の勢いで俺に差し迫る。突進の威圧感はループスよりもあるが、速度は大した事は無い。
突進をギリギリで横に回避して、通り過ぎて行ったグレートボアを見ると、目の前にあった木々を全てなぎ倒し、ゆっくりとこっちを振り返っている所だった。。
「当たると結構やばそうだな。」
威力自体はあのクラーケンの脚の方が脅威だろうが、グレートボアには巨大な牙がある。あれに巻き込まれたらタダでは済まないだろう。
再び向き合う事数秒。グレートボアは初撃がかすりもしなかった事にずいぶん腹を立てているらしい。憎々し気な表情と、興奮を抑えきれない声が漏れている。
睨み合いにしびれを切らしたのか再びの突進。
「オラッ」
俺はグレートボアの牙の間をすり抜け、巨体をハンドスプリングをする様に上に回避する。頭が通り過ぎる一瞬を狙って鎧通しを放ち、その反動で飛び上がってグレートボアの身体を飛び越える。
グレートボアは脳震盪で痙攣しながら転倒し、そのまま滑って木に激突する。
「悪く思うなよ。」
俺はマジックバッグから解体用のナイフを取り出して横たわるグレートボアの頸動脈を切り裂いた。
「さて、ルーはどんな感じだ?」
ループスの方に目を向けると、巨獣バトルが繰り広げられていた。周りの木々はボキボキと折られ、すでに大変なことになっている。
「うわ~」
幾度となく突進を繰り返すグレートボアと、華麗に避けながら通り過ぎる隙をついてひっかき攻撃を当てていくループス。
グレートボアは、牙が一本折れて体中が血まみれになっている。いかにも満身創痍といった様子だ。
ループスは俺の視線に気づいたのか、1度吠えて気合を入れる。グレートボアもつられて吠えながら突進。
ループスはその突進を避けず、バックステップで威力をいなしながら真上から首に噛み付く。そのまま体をひねってグレートボアを投げ飛ばした。
「おぉ。すげぇ。」
地面に叩きつけられたグレートボアは動く事は無かった。
脊椎まで届いたループスの噛み付きでこと切れていたようだ。最後の投げはいらなかったな。
二頭のグレートボアをマジックバッグにしまって太陽を見るとまだまだ時間に余裕がありそうだ。
「ルー知ってるか?こういう上手くいき過ぎてる時は、お約束で『ここには居ないはずの強力な魔物』ってのが出るんだぞ。」
「ガ?」
どうやら異世界のお約束は知らないらしい。
「時間もある事だし、強い魔物を探してみるか。」
「ガゥッ!」
その後、日が暮れる前まで探したが、グレートボアにすら遭遇できなかった。




