ダンジョン調査5
口の中に血の味がこみ上げてくる。
「空けてんだよ。」
ナイフが刺さったのはわき腹。狙い通り急所ではないので何とかなる。
「ふざけたことをーーーーあら?」
メデューサは俺に突き立てたナイフを引き抜こうとするが、びくともしない事に疑問を浮かべる。
恐らく呆けた顔をしているであろうメデューサの声を頼りに、大ぶりの左ストレートを叩き込む。
「ガッ!」
どこに当たったかはよくわからないが、メデューサは俺の拳に吹っ飛ばされる。クリーンヒットとまではいかないまでも攻撃を当てる事に成功した。
「右手が使えれば終わってたんだけどな。」
両手が使えれば掴むことも投げる事も出来たのだが、悔やんでも仕方がない。
「何なのその不可解なお腹は!」
「あぁ、『縮』っていうんだ。身体に何かぶっ刺された時にその周りの筋肉を収縮させて抜けなくする技だ。」
メデューサの怒気を孕んだ声が飛んで来きたのでご丁寧に説明してやる。まぁ、自分で言っててなんだが、確かに刺したナイフが抜けないとか不可解だわな。
「あり得ないコトするわね。」
「出来るんだからしょうがない。さて仕切り直しといこうか。」
これでメデューサの武器は無くなったはず。となれば、俺が斬り殺される心配は無くなったから後は石化する前に倒せばいいだけだ。
「いいわ。どうせ大したことも出来ないんだから、散々いたぶってから石にしてあげるわ。」
「そいつはどーも。」
メデューサが動く気配はするが、どこにいるかは全くわからない。視覚情報がゼロになると近接格闘なんてできたもんじゃないな。
構えを小さくとってガードを固めるが、メデューサはお構いなしに俺をサンドバッグのようにボコボコにしてくる。
予想通りメデューサ自体は大して強くなく、身体強化で猛攻を耐えきる事は出来る。
しかし、折れた腕や腹にぶっ刺さったナイフを攻撃して激痛を与えてくるのはいただけない。いたぶると言っていた事もあってか、俺の苦悶の表情に嬉しそうな高笑いが返ってくる。
さらに追い討ちをかける様に、身体はどんどん重くなっていく。恐らくもって2・3分で石化してしまうだろう。
メデューサの攻撃を耐えながら、俺は自分の世界へと入っていく。
クラリス第二王女は魔力が見えると言っていたので、身体強化の応用で視覚を強化してみたが、魔力を見ることは叶わなかった。
視覚が封じられた今、声の位置や気配からメデューサの位置を予測してはいるが、大まか過ぎて攻撃を回避するには到らない。
ならば、シックスセンス全てを使って魔力を感じ取るしかないだろう。出来なければ恐らく勝てない。
俺は、メデューサの魔力を探る為にさらに深く集中する。
視覚の無い極限状態で、洞窟の狭い空間とメデューサが石化の魔眼という魔術を使用し続けている事が功を奏し、おぼろ気ながら魔力を感じとり始め、迫り来るメデューサの攻撃を経験と勘で避けようと動き始める。
「今日はニンゲンか怪しい人によく会うわね。」
「どう見ても人間だろ。」
心外だな。怪しいってのはヴァネッサの事だろう。あれと一緒にされるのはマジで勘弁してほしい。
「遊びはおしまいよ。本気でいくわ!」
「チッ、マジで本気じゃなかったのかよ。」
メデューサがそう言い放つと、身体の石化が一気に進み、動かしていない右腕が先端から完全に動かなくなる。
2・3分だと思っていた制限時間が目に見えて短くってしまった。もって1分くらいだろうか。そうこうしている間に右腕はどんどん感覚を失っていき、身体の重さも増していく。
「当たり前じゃない!ニンゲンをいたぶるのに本気なんて出さないわよ!」
「いい性格してるな。」
「でしょ!」
メデューサも残り少ない時間で俺にありったけの怒りをぶつけたいようで、攻撃は激しさを増していく。
先ほどまでと違うところは俺が攻撃を多少なりとも捌けている点だろうか。完全に避けられはしないものの、クリーンヒットも無い。
「うろちょろと鬱陶しいわね。」
動き回って攻撃がクリーンヒットしない俺にメデューサはいら立ちを隠せず、さらには冒険者・騎士団・俺の三戦目で疲れが見え始め、攻撃が大振りで雑になっていく。
逆に俺の魔力知覚の精度を上げていき、ついに攻撃を避け始める。
「あらあら、そろそろ限界かしら?」
このままいけば勝てると思ったが、残念ながら俺の身体が動かなくなる方が早かった。
「・・・そうだな。」
右腕は完全に石化し、体中が軋みを上げる。
俺は諦めたように拳を下ろしてメデューサと向かい合う。もう動けるのは一瞬だけだろう。無理矢理にでも油断を誘って一撃で仕留めるしかない。
「これで最後よ!」
メデューサは最後の一撃をお見舞いしようと動き出す。
目を閉じて魔力を探る事だけに意識を費やす俺は、極限の集中力の中でメデューサの魔力を捕える。俺はさらに集中して、無理やりタキサイキア現象を呼び起こす。
俺に肉薄し、渾身の右ストレートを放ってくるのが見て取れる。ほぼ半身だった俺は、石化した右腕を盾にしているので狙える場所は顔面のみのはず。
スーパースローに思える世界で、メデューサのストレートをダッキングで躱し、メデューサの踏み込みに合わせて着地した足を踏みつける。
「なっ!」
石化して動けないと油断したメデューサは最後の力を振り絞って動き出す俺に驚愕の声を上げる。
「ッアァ!」
メデューサの足を踏んで地面に縫い付け、ダッキングの回転をそのままに後ろを向く。頭を地面すれすれまで倒して上段に後ろ蹴りを放つ。
「ガフッ!」
躰道でいうところの海老蹴りに近い蹴りを放つ。いや、この技は足を踏んでいる時点でスポーツ精神も何もない殺人の技だ。
「ガフッ!」
顎にクリーンヒットしたメデューサは宙を舞う事も許されずにその場でのけ反る。蹴りの衝撃は顎を砕き、脳天まで駆け抜ける。
「・・・これで倒せてなかったら知らん。光輝、あとは任せた。」
ダメ押しと言わんばかりに崩脚まで使ったので、きっと倒せているだろう。
俺は結果を見る事も出来ずにそのまま仰向けの大の字になって倒れる。タイムアップだ。すべての感覚が無くなり、今度こそ完全に石化した。




