クラーケン
俺は、ループスを抱き抱えたまま、一番近くのゲートを目指して空を駆ける。入場ゲート自体は空から目視出来ているので、迷うことはなく到着する。
俺は驚かせないよう、一旦近くに降りてから冒険者の応援として町方に歩いていく。
ゲートは行商人の様な人達が数団体群がっている。馬車で町を離れる為に並んでいる様だ。逆に入って行く人は見当たらなかった。
市民は急な雨と魔物の出現で自宅に避難しているのか、ほとんど見当たらない。
土地勘が無いので勘で進んでいくと、巡回している騎士と出逢う事が出来た。
「避難勧告が発令されている。あまり出歩かないように。」
「応援で来た冒険者だ。前線で手伝いをしたいんだが、どこにいけばいい?」
「それは助かる。小型の魔物も大勢出てきているから、すぐに向かってくれ。冒険者はギルドマスターが指揮を執っている。そこで指示を仰いでくれ。」
「わかった。」
俺は騎士に一礼して教えられた方向へ走り出す。避難勧告が出ている為、多少無茶な走りをしても問題ないだろうと思い、地面だけでなく建物の壁や屋根を走って可能な限りの最短ルートで前線に向かっていく。
戦場に近づくにつれて雨は激しさを増していき、視界が狭くなっていくのが鬱陶しい。障害物が多いせいで多少時間が掛かったが、徐々に戦場が見えてきた。
遠くからでは視認できなかったが、小型の魔物が陸に上がったり、水の通路を泳いで中に入ろうとするモノまでいて、戦場はいささか混乱しているように見える。
防衛の後方で指示を飛ばす爺さんと副官っぽいイケメンがいるので、取り合えずそこに話を聞きに行ってみる。
「爺さん。アルカディアからはるばる手伝いに来たんだが、やることはあるか?」
「そいつはええのぉ。一人か?」
「と、一匹だ。」
「ガゥ!」
爺さんに抱きかかえていたループスを掲げて見せつける。
「ほぅ、フェンリルかぇ。属性の相性が悪くとも期待できる戦力じゃのぅ。良い事じゃ。」
爺さんはループスがフェンリルであることを一瞬で見抜き、その衝撃発言に副官は目を見開いて驚いている。
Sランクの魔物だし。普通はそういう反応だよな。周りにいる人たちは皆ループスを可愛がってるだけだけど。
「ワシはギルドマスターのジーノじゃ。こっちはサブマスターのマウロじゃ」
「サブマスターのマウロです。宜しく。」
「俺は、ギルドランクAの隼人だ。」
今度は、ジーノが俺のランクを聞いて目を見開く。
「重畳。クラーケンに対する攻撃手段はあるかのぉ?」
「残念ながらこの雨じゃどうしようもないな。有効手段はあの小さいやつの三又の槍をパクって投げるくらいか?」
Aランクという事で期待してくれたのだろうが、あいにく俺は土砂降りで火が使えない。火の魔術自体は使えるが、攻撃が当たるまでに消火されてしまうだろう。
であれば、武器をパクって投擲するしか攻撃方法はない。どうせ軟体生物に打撃は効かないだろうし。
「仕方ないのぉ。町に上がったサハギンを倒しつつ、トライデントでクラーケン攻撃部隊のフォローを頼むとしようか。水の中は騎士団が抑えてくれておる。多少抜かれるのは仕方ない事じゃが、その」
あのヒレの付いたゴブリンはサハギンと言うのか。三又の槍の総称がトライデントなのもどうかと思うが、異世界なのでさらっと流そう。
「遊撃にしても仕事量多くないか?」
「チームに入るよりもずっと楽じゃろ。」
「・・・確かに。」
どうせ協調性が無い人間だし、急造チームで足を引っ張るよりはやりやすい。とりあえず爺さんに言った通りにトライデントを投げてみるとしよう。
「では頼んだぞ。」
「はいはい。ルー、陸に上がってきたのを倒していこうか。」
「ガゥ。」
「じゃあ、ひと暴れするとしよう。」
「ガゥ!」
ループスは元の大きさの戻って俺と一緒に走り出す。
戦場はすでに乱戦状態。サハギン達は壊れた水門をすり抜け、水路から町中に入り込んできているようだ。水中で騎士が戦っているので数は多くないが、やはり止めきれずに抜けられいるのだろう。
仕方ないので、通りすがりに見つけた魔物を片っ端から片付けていく事にした。
サハギンが突き出してくるトライデントを難なく躱しつつ掴み取る。空いた方の手でサハギンの顔面を殴り飛ばし、トライデントを奪い取る。
その後も襲い来る敵の武器をパクっては倒しパクっては倒しを繰り返すこと十数体。ついに両手でも持ちきれない量のトライデントが集まったので、トライデントを集めるのを一旦止めて海を目指す。
「何だあれ?」
町の端に到着して、海の様子を見ると、何チームかの冒険者がクラーケンと戦っている。
正確にはクラーケンの脚なのだが、海から生える10超の脚と戦う姿はなかなかシュールな光景である。
冒険者の一人が脚に絡まれ、窮地に陥ってしまった。正直オッサンと触手の組み合わせは、悪い意味で目に毒である。
『いやーん』的なお色気要素は皆無で、苦悶の声をあげるオッサンと、それに絡まる鎧を着たオッサン以上の太さのタコ脚。
軟体動物の身体はすべて筋肉なので、あんなものに絞められれば鎧ごと潰されるだろう。
現状の絵面すら見たい映像ではないのに、そんなものまで見せられたら喉元で何とかと留まっている胃の中の物が完全に決壊してしまう。
早いところ助けてあげよう。自分の為に。
「・・・っらぁ!」
サハギンからパクったトライデントを構えて投げつける。身体強化によって亜音速の速度で発射されたトライデントは吸い込まれるように脚に突き刺さしダメージを与える。
と思っていた時期がありました。実際は、ただ脚を弾くだけに終わった。
「・・・マジかよ。刺さらないなら、その辺の瓦礫投げた方が効率いいんじゃないのか?」
トライデントの衝撃で、冒険者は絡まる脚から逃げることはできたのだが、この結果には不満が残る。
八つ当たりで辺りの魔物でも直接投げてやろうとキョロキョロしてみるが、ループスが全部片付けた後だった。
「ルーは働きすぎだな。」
「ガゥ?」
誇らしげな顔から一変、キョトンとしたループスを撫でてあげて気持ちを切り替える。
ループスを撫でていると、ザパンっという音と共に、クラーケンの脚の向こうの水が盛り上がり、岩礁が顔を出す。海草や貝が付いた岩は、ゆっくりとした動きで動き始める。
「もしかしてあれがクラーケンの本体か?」
「そうだ。ヤツの殻には何度も苦しめられた。」
独り言に返答が返ってきたので、声の方向を向く。
「・・・誰?」
そこには、凛としたたたずまいの槍を持った金髪女性が立っていた。




