聖騎士
杏華のライフルの一件に区切りの着いた夜。宿屋のベッドで寝ていたはずが真っ白い空間に立っていた。
「・・・また強制召喚か。」
既に並大抵のことでは驚きはしない。
目の前には、ディアが椅子に座って静かに瞑目していた。
非常に絵になる姿ではあるのだが、それ以上に普段からは考えられない圧倒的な雰囲気に息を飲む。
「来ましたね。」
「用件は、信仰度のチェックとやらでいいのか?」
一難去ってまた一難。まぁ、本当にチェックだけであれば何も心配することはないだろう。チェックだけであればの話だが・・・
「そうですよ。少しそれっぽい雰囲気を出してみました。とりあえず座るのですよ。」
言葉の途中から、神聖な空気感が崩れ、いつも通りの柔らかな雰囲気に戻る。
俺用の椅子も出してくれて、腰かけて話に戻る。
「必要あったのか?」
「モチロンですよ。しかしハヤト様、私は残念でならないのですよ。」
「何だ?唐突に。」
「アルカディアでもムスペリオスでも、ハヤト様の功績を考えると、もっと評価されていてもいいのですよ。」
「・・・俺としてはこのままで良いんだけど。」
目立てば面倒事が増える。勇者と知られればその量は計り知れないだろう。正直、光輝には足を向けて寝られないとすら思っているくらいだ。本人に言う事は絶対にないが。
「ダメですよ。ハヤト様は勇者様なのですから、世界を救うために頑張っていただかなければいけないのですよ。」
「すでに俺の存在は忘れられかけてるし、もう勇者は光輝だけで良いんじゃないのか?」
「確かに、勇者様が2人居るのは少しややこしいですね。」
「だろ。この称号は早急に消した方がいいな。」
「残念ながら変えられない称号なので、それは出来ないのですよ。代わりに新しい役目を付けるのはどうでしょう?」
「・・・頼むからやる事を増やさないでくれ。」
女神様が増やそうとする称号なんて人に見せられないものに決まってるだろ。完全に厄介事の追加だよ。
「仕事は増えませんよ。ハヤト様は今と変わりません。ただ、もう一人の勇者様と少し区別がつきやすくなるだけです。」
「・・・その笑顔が、そこはかとなく不安を呼ぶんだけど。」
「気にしてはいけませんよ。ということで、ハヤト様は私の騎士になってください。」
「・・・それだけ?」
「はい。勇者様から騎士様になるだけなのですよ。」
「でも、騎士なら教会騎士がいっぱい居るから要らないんじゃないのか?」
今さら俺という騎士が増えても騎士に任命されている人達が良い顔はしないだろう。
そもそも教会騎士は、国の騎士の中で信仰の厚い人達がなるものだと言っていたので、国の騎士団に属していない俺は入る事が出来ないだろう。
「教会騎士は教会の騎士であって、私の騎士ではありません。ハヤト様は、豊穣の女神の騎士になるのですよ。」
「・・・違いが良く解らんが、それだけなら良いか。・・・良いのか?」
「むふふ。良いに決まっているのですよ。ハヤト様の言葉でそれっぽく宣言してください。」
「・・・それいる?」
何かゲームとかでよく見る様な痛いセリフを吐かなきゃいけない感じなのか?
完全に黒歴史コースにルートインしてしまってるんですけど。ここまで来たら回避不可能っぽいし、逃げ場も用意されていない。詰んだな。
「いりますよ。それではいくのですよ、『勇者ハヤトを私の騎士に任命します。』」
「じゃあ、『ディアの騎士になります。』」
・・・あっさりとクリアしてしまった。
「不合格ですよ。もっとちゃんとなりきってください。合格するまでやりますよ。雰囲気を改善しましょう。」
・・・ですよねー。
ディアは立ち上がって景色を一変させる。
真っ白な空間は、アルカディア王国の礼拝堂のような場所に姿を変え、キレイなステンドグラスから漏れる光が2人を照す。
確かに雰囲気はスゴく良いけど、急に座ってる椅子を消さないでくれ。ケツが痛い。
ディアは立ち上がっていたから良いものの、椅子に腰かけていた俺は、景色が変わると同時に無くなってしまった椅子から落ちて尻もちをついた。
「それでは、『豊穣の女神ディアーナの名において、汝を騎士に任命する。誓いをここに。』」
ディアは気安い感じからガラッと雰囲気を変え、何時かの人前に出た時のような凛とした空気感をかもし出す。
ここは俺も気を引き締めないといけない。ここまでそれっぽい雰囲気を出されてしまっては、のっかるしか選択肢が用意されていないのと同じだ。ディアに恥をかかせるわけにはいかない。
俺は片膝をつき、かしづいてそれっぽい誓いの言葉を紡ぐ。
「『私、石田隼人は豊穣の女神ディアーナ様の騎士を拝命し、ディアーナ様の剣となり盾となり、命を懸けて貴女を御守りすることをここに誓います。』」
こんな感じでよかったのだろうか?後でイジられようものなら、教会にお茶菓子を持って来る頻度を下げよう。
ディアは一歩俺の方に近づき、純白の手袋を外して手の甲を俺に差し伸べる。
・・・そういう意味で良いのだろうか?間違えたら非常に気まずいが、ここまで来たら勢いでやりきってしまう事にする。
顔を上げ、差し出された手を取る。ディアの手は華奢で、キズひとつなくキメ細かい肌をしている。
軽々しく触れてしまっても良いのかと戸惑ったが、引くわけにもいかず手の甲に口付けをする。
これでよかったのかと、ディアを見上げようとした瞬間、全身の血液が沸騰するような感覚に襲われ、一瞬視界がぼやける。熱は一瞬でおさまり、違和感もすぐに元に戻った。
自分の身体に異常がないか一通り確認して、ディアの方を向くと、笑顔とニヤケ顔とどや顔を足して三で割った様ななんとも言えない顔をしていた。
「さすがハヤト様ですね。素晴らしい誓いでした。」
「ディア、何したの?」
「称号が増えただけですよ。言った通り、やることは変わらないのでこれからも宜しくお願いしますね。聖騎士ハヤト様。」
・・・は?
聖騎士・・・だと?
「騎士じゃないのか?」
「神の騎士は聖騎士と呼ばれるのですよ。」
「それは持ってる人居るのか?」
勇者が2人いて区別がしにくいという話からスタートしているので、勿論いるわけがないのだが、藁にもすがる思いで聞いてみる。
「今は居ませんよ。神の耳や口になるのが聖女ならば、聖騎士は神の手となり足となります。神の代理神罰として人を裁く事が出来ます。」
「・・・いらない」
代理で裁くって使いどころ無いよね?何なら代理人を語っただけで異端審問にかけられそうなんですけど?
証明したらしたで、聖女以上のがんじがらめになりそうだし・・・
「返品不可能ですよ。」
「信仰のチェックって言ったじゃん。」
「女神の手足となる事を受け入れるのは相当な信仰が無いと出来ない事なのですよ。」
「何その取って付けた様な信仰の測り方。半分以上詐欺じゃねーか。」
「何の事かわからないのですよ。」
面倒事じゃないとは言われてないけど、何も変わらないって言ったじゃん。確かにバレなきゃ何も変わらないけど、ひどい仕打ちだ。
一応ステータスを確認してみると、豊穣の女神の聖騎士という称号がしっかりと追加されていた。
ディアのふざけた画策によって聖騎士に成ってしまってから、始終ニコニコしているディアを見ながら、俺は襲いかかる頭痛に、頭を押さえる。
・・・どうしてこうなってしまったのだろうか?




