喧嘩
「そんなこと言えるのも今のうちだぞこの野郎!何せこのCランクの新規精鋭のホープパーティー[虎の牙]に喧嘩を売ったんだからな。」
「それは、買ってくれるってことで良いのか?」
虎の牙?すでにパーティーのネーミングセンスが大したことない。しかもCランクパーティーでこの自信らしい。本当に実力で上がってきたのか疑問に思う。それに自分でホープとか言って恥ずかしくないのだろうか?
「死ねやーーーー」
リーダーの槍使いが殴りかかってくる。顔面狙いで大ぶりの右ストレート。槍を取らなかった事だけは評価したいが、掛け声がいただけない。こんなパンチでは一般人も殺せないだろう。
それにしても、パンチが遅すぎるな。比較対象が高ランクの冒険者や拳闘大会に出ていた人達になってしまうので仕方ない事だが、どうしてもゆっくりに感じる。
槍使いのパンチを難なく躱し、逆に右ストレートを叩き込む。
「へぶっ!」
槍使いは俺の拳を正面からもろに食らい、鼻が折れて鼻血をまき散らしながら宙を舞って倒れる。どうやら一撃で伸びてしまったようだ。
「なっ、この!」
宙を舞った槍使いを見て、剣士が驚愕しながら剣に手をかける。
「武器の使用はいけません!」
それを見たレイラさんが剣士を止めようと叫ぶ。
確かに武器を手に取ってしまえば喧嘩では済まなくなるだろう。仕方ないので、剣士を止めようと一気に距離を詰める。
「らしいよ。ほら、剣から手ぇ離せ。」
剣の柄を握った手を狙って蹴りを放つ。狙いは違わず、剣を抜かれる前につま先が手の甲に突き刺さる。
ピキッ
手の甲の骨が折れる音が響き渡る。剣士は理解が追い付かないのか一瞬停止してしまった。隙だらけだったので、追撃で顔面にも蹴りを入れて再起不能にしておく。
「がはっ!」
剣士は何度かバウンドして壁に激突して止まった。今回は、テーブルも壁も壊れていない。訓練場のように弁償させられることはないだろう。
「・・・くっ!」
ここまで何もしていなかった魔術師が、状況の不利を悟って苦悶の声を上げて魔術の詠唱を始める。既に遅すぎる上に、剣よりも危ない事をしようとしている事に気付いていないのだろうか。
「お前も。」
魔術師の詠唱が完成する前に、俺は無詠唱でファイヤーボールを放った。
ファイヤーボールは一直線に魔術師の顔面へと飛んでいき、鼻先すれすれで停止する。
「・・・熱っ!」
いや、若干アウトだったようだ。魔術師は、不意打ちともいえるダメージに詠唱を止めて、叫び声をあげる。
ファイヤーボールは魔術師の鼻先を焦がし、前髪を焼いてチリチリにしてしまったようだ。遠距離コントロールの制度に改良の余地がありそうだ。残念ながら一番軽傷な人間が、一番大きな後遺症を残してしまった。絶対に言葉にはしないが、心の中で謝罪しておこう。
まぁ、1人だけ無傷ってのもおかしな話だから、これで良かったのかもしれない。勝手にそう思う事にした。
魔術師は俺がファイヤーボールを消したタイミングで、腰が抜けたのか後ろに倒れるように尻もちをついてへたり込んでしまった。
「3名様で大銀貨三枚になります。」
俺は出来るだけ軽い感じに魔術師に告げる。ほかの二人は気を失っているから仕方ない。
これは良い金稼ぎになるのではないだろうか。わざわざ相手からつっかっかって来て、俺に金を搾取されていく。俺は町から出ず、このギルド内でただ挑戦者を待っているだけで良い。最高のビジネスだ。
悪い顔をしてそんな事を考えながら、槍使いのカラダをまさぐって財布話探し始める。そんな中、ふと疑問に思った事を聞いてみる。
「レイラさんコイツらがホープとか嘘でしょ?自分で言ってるだけの痛いパーティーなのか?それにしては、自信の割に弱すぎる。」
「彼らが居た地方ではホープだったようです。王都では中堅程度ですね。現状ではランクアップは難しいかと。」
レイラさんにバッサリと切り捨てられてしまった3人組。もうこの王都ではやっていけないのではないだろうか?
何よりイメージ悪いし・・・
ギルドのサブマスターをナンパしてはフラれ、1人の冒険者にパーティーで挑んで完全敗北させられたとあっては、ここではメンバーも増やせないだろう。
「地元でちやほやされてたタイプか。世界は広いってことだ。高い勉強代になったな。・・・財布に全然金入ってないじゃーーーー痛!」
槍使いの財布の中には、残念ながら大銀貨すら入っていなかった。
財布の中身に一生懸命になっていたところで、後頭部にゴツンッという音と共に結構な衝撃が走る。
慌てて後ろを振り返ると、ガイアスが怒った様子で腕を組んで立っていた。
追い剝ぎまがいの犯罪臭のぷんぷんするこの場面を、あろうことかギルドマスターにバッチリ見られてしまったのだから仕方ない。小一時間の説教は覚悟しておいた方が良いだろう。
「ガイアス、何しやがる。」
「何しやがるだぁ?こっちの台詞だ!何してやがる!ちょっと来い!」
ガイアスが俺の襟首を掴んで奥へと引っ張っていく。
「待て、まだ約束の大銀貨を貰ってない。」
「貰って良いわけ無いだろ!」
結構な剣幕で怒られてしまった。大銀貨と、喧嘩ビジネスは一旦白紙にしよう。マジで怒られそうだ。
「あーれー」
俺は抵抗を止めて、そのまま奥の部屋へと引きずられていった。




