転移する理由が見つからない 083
朽ち果てた庭園の先、荒れた古城の中へと大慈たちは足を進めます。
【明かり】が示す観察者は2人。
それは、いったいどのような関係なのでしょう。
転移する理由が見つからない 083
古城は誰も掃除やメンテナンスをする者がいないらしい。
朽ちて倒れたままの扉を通り、中へと入る。
状態が良ければ、それなりに見栄えのするエントランス。
そこにあったであろうシャンデリアは床に落ち、床にはそれ以外にも無数の穴。
積もった埃が固まっているのは、湿気が多いためだろうか。
家としての形が欠けているのに、風通しが悪いらしく、酷く淀んだ臭いがしている。
歩くのに合わせて床や階段が軋むが、埃は舞わない。
壁に目をやると、そちらも埃がへばりついて、壁紙ごと剥がれている箇所もあった。
【明かり】が示す、観察者たち。
そちらへと向かっていくと、開かれたドアから灯りが漏れていた。
「待ってたヨー」
そこにいたのは、カラカナだった。
いつものように笑顔を浮かべて、こちらへと手を振る。
だが直ぐに俺たちの姿を見て、何でそんな格好なのカナー、と呆れた声を漏らした。
俺だって好きで濡れ鼠になったわけじゃ無い。
そう思っていたら、着替えさせられた。
カラカナはあまり俺を着替えさせるのは楽しくないのか、迷い無く黒シャツ姿へ変える。
同時に濡れたのが乾くというのがありがたい。
靴の中が濡れているのが、どうにも気持ち悪くてイラついていたところだ。
「…!」
背後で光が走り、振り返ると蹴りが飛んで来たのでしゃがむ。
足刀を俺の眉間目掛けて蹴りだした立花。
その姿が、俺の網膜に焼き付けられる。
再び手ブラビキニ姿へと変えられた立花に、魂が歓喜の叫びを上げようとした瞬間に訪れた衝撃。
脳天に落とされたカカトに、脳が爆ぜたかと思った。
「本当に大慈は正直ダナー」
その言葉は避け方と本能どちらに対してなのか。
痛む頭では判断がつかず、それよりも再確認のために顔を上げる。
カラカナ様は既に立花をエプロン姿へと戻していた。
うん、睨まれると結構怖いよな、立花って。
睨まれながら渋々立ち上がり、カラカナ様を見る。
ここがどういう場所なのかを確認したかったのだが、返答は横にあるゴミを指差すというものだった。
いや、ゴミでは無いのか。
自立すら出来ない程に肥え太り、部屋から出る事さえも出来なくなったもの。
暗く澱んだ声は他人を呪うばかりで、その呪詛が内包された顔は醜く歪んでいる。
俺の部屋よりも大きな部屋の中、おそらくはベッドがあったであろう位置。
そこにある顔は、醜悪だった。
そして、その姿も。
まるで半液状のように弛んだ身体には境界が無くなり、どの部分なのかもわからない肉が床に広がっていた。
壁と家具に挟まれ、部屋の隅に押し込められたような、惨めで無様な存在。
俺の世界の観察者が、そこにあった。
「何故だ…何故お前が、ここに来れる…ありえない…あってはならない…」
どうやら奴は現実逃避に忙しいらしく、目の焦点は合わず、よだれを垂らして愚痴をこぼし続けている。
殴れば我に返りそうだが、触りたくないな。
なんか投げつけてみるか?
カラカナ様くらいしか投げられるものが無さそうだが。
「何をする気カナー?」
「いや、別に」
「…」
まぁいいか。
で、カラカナ様は何故ここに?
いや、眼福だったので全く文句は無いですが。
…もう1度やりませんぃってぇっ!
立花が腎臓に貫手をしてくるので、とりあえず諦める。
刺さるかと思った。
「ありえん…全て、食いつくした筈だ。お前の世界は、全て【糧】となった筈だ! 何故お前が存在する!」
喚き散らす脂肪が、身体に比べて短い腕を振り回し、指し示す。
余程、俺が嫌いらしいと思っていたが、その指はカラカナ様へと向いていた。
「そうだネー。全部、食べたよネー。国も、街も、人も、世界も。何もかも食い荒らして、食い散らかして、跡形もなく貴方は私の世界を、食い壊した。嘲笑いながら、蔑みながら」
そこにいたのは、頭の緩い女神では無かった。
いつもと同じ笑顔は、ただ顔に張り付いているだけで、何の感情も浮かべていなかった。
何も見ていないような、焦点の合わない瞳には脂肪の歪んだ顔が映り。
ゆるく明るかった声は、暗く、澱んだものへと変わっていた。
観察者の中には、【糧】を得るために世界を使う者がいる。
脂肪はそうした観察者だ。
そして、それは俺の世界だけではなく、他の世界に対しても、そうだったのだろう。
カラカナは以前に言っていた。
観察者へとなる前の世界が、どんな世界だったのか。
「そうだ…食った。食ったのだ。何もかも、全て。世界そのものを。お前という存在そのものも! それの何が悪い! 食べることの何が悪い!」
「決して良い人ばかりでは無い世界だったけど。それでも、私には大事な世界だったけど、何も残さず全部食べて…」
声は暗く、言葉には慈しむような響きもあったが、それはまるで呪いのように聞こえた。
「ゴミの味がする世界だって、吐き捨てたよね?」
カラカナの顔が、その笑顔が、酷く歪んで見えた。
その顔は、脂肪の顔に似ているように見えた。
大慈の世界の観察者、脂肪(大慈命名)は、かつてカラカナが生きた世界を食い壊したようです。
捕食者と、被捕食者。観察者と【糧】。カラカナと脂肪の関係が、かつてそうしたものであったとして。
今は、どのような関係になったのでしょう。
次回に続きます。
※大慈の思考(地の文)でカラカナに様がついたりつかなかったりしているのは、彼のカラカナへの扱いが変動しているためです。