転移する理由が見つからない 080
2人で生還するルートが無い絶望的な状況で、大慈は自分が助からないことに決めました。
そして、全力で彼女を生還させることを選びました。
ですが、果たしてそれは可能なことなのでしょうか?
転移する理由が見つからない 080
「諸共に落ちて、消えて無くなれ」
家の壁が砕けて落下する瞬間。
そんな呪いの声が聞こえた。
足元には煙が。その向こうには燃え盛る炎が吹き出していた。
だが、家の傾きは俺の予測を超えていた。
まるで柱から離れた街灯のように。
俺たちは中空へと投げ出され、遠巻きに見ている消防車が見えた。
彼女を投げようと、力を込めていた腕が引きつる。
投げて届けるつもりではいたが、燃え盛る炎が邪魔をしていた。
狂ったような悲鳴が、はるかに離れた地上から響く。
それに混ざって、誰かの笑い声が聞こえる。
怒りなどと言う生温い感情ではない、憤怒という言葉でも足りない感情が溢れる。
食いしばった奥歯が砕け、身体中に力が入る。
それが彼女の意識を呼び戻したのか、わずかに痛みを声にした。
落下していく視界の中で、抱えられているのを確かめるように、俺を見つけた。
助けられなかった。
何も出来なかった。
俺はお前に助けて貰ったのに!
謝ろうとする俺は、彼女を見て。
言葉を、無くした。
澄んだ瞳は真っ直ぐに俺を見つめ、僅かに微笑んでいた。
まるで、
「やれることは全部やった。だったら仕方ないよ」
そう言って受け入れているような、そんな笑顔だった。
マンションは炎上して崩落。
あちこちで爆発音がして、悲鳴も止まない。
誰かの呪いの声はまた聞こえているし、地面に落下するまでほとんど時間は無い。
なのに、何でこんな状況で笑えるんだよ。
クッソ最高だ。
こんな女には、二度と出会えないだろう。
そう思い、人生で最後のキスを。
…しようとして、寄せた顔の間を、それが通り過ぎた。
どこかの家の庭木にでも混ざっていたような、指で摘める程度の小さな石。
それには何かわからないが、植物が根を張っていた。
柔らかく伸びたその植物は、まるで小人のような格好をして、手を振っているように葉が揺れる。
俺たちの間を、ゆっくりと通り過ぎるその姿が、何故か再会を喜ぶ子供のように見えた。
明らかに不自然なそれが、どこから来たのか?
そんなどうでもいいことを、俺の目は無意識に辿った。
上から落ちて来たのだから、上からに決まっている。
そう思いながら向けた視線。
そこに空いた穴は、家の壁に空いたものとは別にもあった。
まるでガラスに描かれた絵に、石を投げて割ったように。
そこが別世界へと繋がる穴のように、何も無い真っ暗な穴が、空中に空いているように見えた。
先ほどまで聞こえていた幻聴。
それが、これまでとは違う声に聞こえた。
間の抜けたような、気が抜けるような、緊張感という言葉が全く無縁に感じる声。
だがその声は、俺の心を震わせた。
全く、何の根拠も無いのに、信じられると思ってしまう声だった。
「インがオホーは、世の常だよネー」
だが、どうにもバカっぽい声ではあった。
笑い、呪いを発し続ける観察者の声。それは大慈の世界の観察者の声でもありました。
それとは違う声に、大慈は無条件に信じられると感じたようです。
果たして、このバカっぽい声の正体はいったい誰なのでしょうか?