転移する理由が見つからない 073
大慈がマンションの中で避難経路を探して徘徊中です。
!注意! 今回、非常に不快感を催す情景が含まれています。苦手な方は次話へスキップ推奨です。
転移する理由が見つからない 073
痛みを堪えながら、不安定なハシゴを上がり、上の階へと辿り着く。
少し煙がマシになったと思いたい。
ベランダを見ると、ガーデニングだろう、様々な植物があった。
多分、ほとんどはダメになってしまうのだろうが。
置いてあるレンガを使って窓を割り、中に入る。
椅子と包丁を運び出し、再度避難用ハシゴの蓋を剥がす作業を行う。
隣の家に繋がる蹴破り壁は健在だった。
このフロアの人がいないためだと信じたい。
残念ながら、いるかわからない住人を助けに行くだけの余裕は無い。
蓋を剥がしてハシゴを降ろし、上の階へと進む。
そのベランダを見て、ここは無人か? と思う。
エアコンの室外機しかなかったためだが、家の中にもほとんど何もなかった。
一応、冷蔵庫とかはあったのだが、中身は空っぽだった。
流しも使っている形跡が無い。
どうやって生活していたのか疑問になったが、奥の部屋から明かりが漏れているのが見えて向かっていく。
そこには、反吐しか出ないものがあった。
アクアリウムなどに使う水槽を見たことがあるだろうか。
大きなものでは1メートル以上になるもので、中の魚が暴れたり水圧に負けない様に、強化ガラスを用いているものもあるらしい。
その中身を見て、本気で腹が立った。
密閉型の上蓋は酸素調節用などのチューブが刺さり、直接中身には繋がっていないようだ。魚に餌をやるための機構は閉ざされていて、ボタンを押すと適量の餌が中に撒かれる仕組みなのだろうとわかる。
いつからそのボタンが押されていないのか。
中身は外に出る事が無く、外気も水槽内部と混ざり合うことが無い。
だから、その中身の臭いは俺には届かなかった。
いつからそうしていたのか、半ば干からびた肌が、小さな肌着から覗いていた。
汚れと穴で見窄らしく見えるそれは、ツギハギさえされていない。
どんな思いを残して、そこで息を引き取ったのか。
その濁った瞳の先には、住人が使っていたであろうパソコンがあった。
背を向けて座る様に配置され、モニター越しにさえ意識を向けることがなかった、住人の生活が浮かびあがる。
姿の無い住人に舌打ちを漏らし、その子へと振り返る。
その首に巻かれたペット用の首輪には、名札が付いていた。
ぱるみら。
その札の言葉が、この小さな遺体の名前なのか。
目尻に止まって干からびている1匹の蠅が、この子の涙を拭っていたかの様に感じる。
そうやって蠅は、この子の最後を看取ったのか。
…そんなことが、どれだけ慰めになると言うのか!
やりきれない怒りを込めた拳は、パソコンを粉砕した。
ここの住人が今この場にいない事が、狂おしいほどの怒りとして溢れ出る。
歯を食いしばり、ガラスに閉ざされて明かりを見つめ続ける遺体に背を向ける。
今、俺に出来ることは何も無い。
この家の主がいたなら、手足を引きちぎってでも一緒にいさせてやるのに。
自分の無力を憤りながら、俺は更に上の階へと進む。
ぱるみらの状態がトレード場所と異なるのは、そのままでは動くことも出来ないので蠅が手を加えたためです。
蠅も安心感を与えようと近くにあったものを模していますが、おばけ扱いされました。