転移する理由が見つからない 072
各フロアの1号室に設置されている避難用ハシゴ。
大慈は部屋をいくつか通り過ぎて、自分のフロアの1号室まで辿り着きました。
転移する理由が見つからない 072
避難用ハシゴを使う際は、蓋についている留め金を外し、蓋を開くとハシゴが自動で降ろされます。
確か、設置されている避難用ハシゴの使い方はそんな簡単なものだった。
だが、俺はそれを開けられそうにない。
「最悪だ…」
避難用ハシゴの蓋の上。
そこには鉄製の金庫が置いてあった。
いや、コンクリに打ち付けて固定されているのか。
どちらにしても、素手でどうにか出来るようなものでは無い。
「上に物を置くなって、マンションの会報にも書いてあっただろうが!」
こんな馬鹿げた真似をされたせいで、下に降りる手段が無くなるとは。
しかも、俺だけでは無い。これより上の階にも人がいたら、そいつらも逃げ場がなくなったことになる。
笑えねえ。
そう思いながら、反対側からならエレベーターホールに出れるか? と考える。
窓を割って中に入り、玄関へと向かい、ドアを開けて閉じた。
全然ダメだ。
歩くとかそういうレベルでは無い。
舌打ちして、冷蔵庫を開ける。
中にある物を物色し、水のペットボトルをリュックに移し、いつのものかわからない茶まんじゅうを口に入れる。
…固まって水気もなくマズイ。だが、何も食わずにいるよりはマシだ。
これからどうするか考えながら、色々とつまむ。
昔見た映画のように、ベランダの手すりを1つずつ掴みながら降りていけるか? と考えたが、煙が酷くて無理だろう。
パイプシャフトとかダストシュートとか、違う映画のシーンを思い出すが、このマンションにはそんな物は無い。
「…それしか無いか」
選択肢がほとんど無く、最後に思いついたのは、屋上からヘリで救助されるというものだった。
そのためには、まずは上の階に行かないといけない。
この上の住人が、ここのように避難用ハシゴを塞いでいたら完全に手詰まりだが。
工具があれば良かったのだが、見つからないため、台所から包丁を借りる。
ベランダに出て、金庫に上がって天井にある避難用ハシゴの蓋を確認する。
やはり、下から開くような作りにはなっていないらしい。
無理矢理隙間に包丁をねじ込み、蓋を引き剥がす様にして体重をかけていく。
諦めずに力を込め続けると、蓋がわずかに開いた。
その直後、中に仕舞われていたハシゴが落下してきた。
体重の乗っていた包丁も外れたため、バランスを崩して転がり落ちる。
金属がぶつかる激しい音が響いたが、打ち付けた腰が痛くてそれどころではない。
声にならない呻きを漏らし、腰をさする。
それでも一応、蓋は開いた。
ハシゴも降りているので、登るのも容易い。
金庫の上部でたわんでいるが、無いよりはマシだ。
動くたびに痛みが走る。
「結局、腰は痛むのかよ…」
泣きたくなってきた。
ギックリ腰の痛みに比べれば軽度ですが、結局腰が痛くなったようです。
え? ギックリ腰の痛みが分からない?
では是非一度、体験していただきましょう。いえいえ、遠慮はいりません。
ちょっと身動きしたり、寝返りをうつだけでも息が止まるような痛みが…いらない? ほんとに?
ちなみに大慈は、その状態で片道1時間半かけて通勤させられたことがあるようです。
3日目には治ったらしいですが、マネしちゃいけませんよ?