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転移する理由が見つからない 071

目が覚めたらマンションが火事でした。

脱出ルートを求めて大慈は避難を開始します。

転移する理由が見つからない 071





玄関から出られれば、エレベーターホールまでは直ぐだ。

階段を降りれば、マンションの外に出られる。

そちらがダメだとしても、反対側にも非常階段がある。

どちらでも良いから、安全そうな方から降りれば助かる筈なのに、そもそも廊下に出られない。


まるで誰かが悪意を持って、俺の苦しむのを楽しんでいるかのような現実。


「またかよ、クソッタレ」


昔からそうだ。平穏が訪れたと思うと、ろくでもない目にあわされる。

やっと人並みにマトモな生活が出来るようになったと思ったら、根底からぶち壊しに来やがった。

もし、俺の人生を見て楽しんでいる奴がいるなら、絶対ぶん殴る。

いや、今は嘆いている場合じゃない。

とにかく、ここから逃げないと死ぬ。


靴を履いて部屋を通り越し、窓を開けると真っ黒い煙が迫ってくる。

息が詰まりそうになるのを、濡れタオルを口にあてて堪え、ベランダへと出る。

今のところはこちらまでは火は来ていないようだが、廊下に見えた火の勢いからすれば、時間の問題だろう。


無理矢理煙に頭を突っ込むようにして、下の様子を覗いてみる。

全然見えない。

だが熱気を感じたので、それほど離れていない階が燃えているのだと思う。

火災の時の避難用のあれ、あのチューブみたいな滑り台みたいなやつ。

あれがどこかのフロアにあったような気がする。

どこだか覚えていないが、少なくとも俺の家には設置されていない。

下の階に降りるための、避難用ハシゴは全階1号室に設置されているはずだ。

そう思い出し、まずはそちらへと向かうことにする。


隣りの家のベランダを仕切っている蹴破り壁に蹴りを入れ、空いた穴をくぐり抜ける。

こんなに硬いと破るのも大変だ、と住人が騒いでいたのを思い出す。

そういえば隣りの家には半ば呆けた爺さんが1人で住んでいた。

避難が出来ていれば良いが、と思いながら窓の中を覗き込むと、倒れている姿が見えた。

鍵がかかっていたので、ガラスを割って開ける。

セール品の安全靴だったが、充分に働いてくれる。

爺さんに声をかけるが反応がないので、近づいて揺さぶってみるが。


「…ダメか」


寝巻きなのか趣味なのか、男物かもわからないような奇妙な格好のまま、爺さんは息絶えていた。

手を合わせ、わずかに黙祷を捧げ、立ち上がる。

死因が何かはわからないが、もたもたしていたら俺も爺さんの仲間入りだ。

置いていくのか? と聞いているような目を閉じさせて、窓の外へと出る。


煙は引く様子はなく、消防のサイレンは聞こえない。

火災を伝えるベルが、時折狂ったように音を立てては静まる。

マトモに機能していないのか。

消防はどうした。

いっそ自分で呼ぶか? と思い携帯を見る。


「なんで圏外なんだよっ!」


最悪だ。

なんとかならないかと思って、避難用ハシゴまで移動をしながら携帯をいじる。


久しぶりの日曜の休み。

夜勤明けだが昼からは出かけて美味いものでも食おうとか考えて、寝る前に調べたサイトが再び表示された。

空腹感を思い出したくらいで、結局意味はなかった。


誰もいない家をいくつか越えて、日曜の昼間だったことに安堵する。

もしこれが夜中だったら、大惨事になっていただろう。

それでもかなりの被害者が出るだろうが。


「お前が悪いのだ」


ふと、誰かの声が聞こえた気がして周りを見た。

…幻聴か?


流石にこれほどの危機はこれまでに体験したことが無い。

そのせいで少し気持ちが弱っているのかもしれない。

1号室への蹴破り壁を越え、避難用ハシゴがある場所を確認した俺は、


「ふざけんなよ…」


思わず、そう呟いていた。





隣で死んでいた老人ですが、トレード場所にいたジジイは彼の姿を借りています。

馴染みのある姿をしていたほうが安心できるだろうという配慮から、同様に近くにあるものの姿形を模す観察者は多くいました。

まぁ、隣だからと言って馴染んでいるとは限らないのは、大慈の最初の行動で理解いただけると思いますが。

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