転移する理由が見つからない 069
【大慈のいた世界の観察者】が、大慈はただ食われるだけに存在する【糧】だと告げました。
大慈は何を思うのでしょうか?
転移する理由が見つからない 069
衝撃の事実を突きつけた脂肪は、さあどうだ? とでも言いたげなドヤ顔をしていた。
「ふーん。あっそ」
「!?」
正直、どうでも良い。
最終的に食われることになるとしても、今生きていることは変わらない。
それとも、
「まさか俺が媚びへつらって、命乞いでもすると思ってたのか?」
口が開いてるぞ、観察者様よ?
こいつは俺の人生に干渉していたのだろう。
それは、俺を見ていたということでもある。
いったい何を見ていたら、そんな結論が出るんだ?
好き勝手に人の人生を玩具にするような奴、俺がどうするかなんてわかりきっているだろうに。
「お前は、何故俺に命を委ねない。【捧げよ】何故俺に助けを乞わない。【崇めよ】何故俺を認めないっ!【讚えよ】っ!」
「うるせえなあ。喚くな、息が臭え。お前が俺に余計な真似してるのが気にくわねえんだよ」
こいつはダメだな。
なんとなくジジイを思い出した。
トレードにはいらないものを出すのだからと、俺をクズだと言ったジジイ。
あれはもしかしたら、こいつがクズだから、クズが出すものはクズしかないと思っていたんじゃないのか?
うん、あれだな。
全部こいつが悪いんだよな、結局。
「お前は……」
呻くような声。
憎しみが溢れ過ぎて身体が震えているようだ。
世界が震えて崩れていく。
ヒビが走り、身体を掠めていくと痛みが襲う。
縫い付けられたようなそこから、力任せに剥がす。
血が溢れるが、放っておけば止まるだろう。
「お前を俺の世界から捨ててやろうか? 何ものにもなれず、すり減って孤独に消えてなくなりたいか?」
まだグダグダと脂肪がしゃべっていたが、無視して拳を握る。
これだけ話しても、反省する気は無いらしい。
これ以上は無駄話だな。殴って痛みをわからせないと、こいつは理解出来ないだろう。
そう思いながら、穴へと近づく。
ヒビに触れただけで肉が裂けたから、穴に触れたら消えるかもしれない。
そんなことも思ったが、その前に届けば殴れるな、と思い進む。
「【讚えよ】っ!【崇めよ】っ!【捧げよ】っ! 何故お前は、【糧】にならんっ!?」
穴の中からうるさく喚く脂肪の前に立ち、腰を落として右拳を引く。
中段の正拳突きが、その顔面を撃ち抜くように高さと向きを合わせる。
「か、帰れっ! 帰るんだ!【帰れ】っ!」
怯えて叫ぶ声が引き金になり、俺の拳が撃ち出される。
顔面を撃ち抜く筈の拳は、届かなかった。
俺の立っていた空間諸共に、身体中にヒビが走り、裂けた。
バラバラになって穴に消えていく身体が、どこか遠くへと行くのを感じながら、俺は奴を見ていた。
だがそれもすぐに見えなくなり、俺の意識は存在ごと、完全にこの世界から消えて無くなった。
「に、二度と出さん」
汚い涙声がこの世界で最後に残り、やがてそれも消えた。
大慈は観察者の意図を徹底的に無視し続け、転移もせず、糧にもなりませんでした。
トレード場所は崩壊し、転移をする機会はなくなってしまいました。
現実の世界へと戻った大慈は、いったいどうなったのでしょうか?
次回へ続きます。