転移する理由が見つからない 068
崩壊していく世界の中で、大慈は何を見るのでしょうか。
転移する理由が見つからない 068
「どうした? 何を探している?」
それは酷く不快な声だった。
ねぶるような、なめくじが這うような声だ。
暗く重く、蔑みと嘲りが篭った声だ。
だが、俺の耳はそんなものに構っていなかった。
軋みをあげて砕けていく世界の、崩壊の音の中に、立花の息吹があるのでは無いかと聞き耳を立てていた。
「なぁ? ここにいた筈の女だろう? どこだろうなぁ?」
節制という言葉を知らないような、脂肪でたるんだ歪んだ顔が、更にいびつに歪む。
それは人間の形をしてはいたが、自立すら出来ないのが明らかな姿をしていた。
体脂肪率が百に近いな。
一瞬だけ、それに目を向けたが、すぐに逸らす。
そんなものを見ている暇は俺の目には無いからだ。
醜悪で無様で不快で目障りなものよりも、俺の目は見るべきものを探して周囲を巡る。
ヒビや穴へと消えていく【明かり】が立花ではないことを確かめながら、【明かり】を一つ一つ見つめて、それがどんな姿をしているのか目を凝らす。
まるで万華鏡のように、世界は姿を変えていく。
その度に崩れ、壊れ、ヒビと穴が増えていく。
繋がりが絶たれた先にある【明かり】が世界の欠片ごと穴に呑まれるのを見ながら、それでも探し続ける。
探すことを優先する俺の居場所も、確実に削れている。
ヒビが入り、足元に穴が開く。
意識から抜けていた間に完治していた右足はそれを躱したが、視線がその元を辿っていた。
「そうだ。俺を見ろよ。わかるだろう?」
脂肪がねっとりと囁く。
ヒビはそいつが指差したところから走り、穴となって世界を壊していた。
「…お前が、俺がいた世界の観察者か」
ぐふぐふ、と不快な音が漏れる。
笑ったらしい。
脂肪が揺れて、不快な臭いが漂ってくる。
何年風呂に入らなければ、ここまで酷い臭いになるんだと顔をしかめると、奴は更に笑った。
「そうだ。【敬え】【讚えよ】」
ニヤニヤとした不快な笑いが消える。
ブルブルと震え、顔中を顰めて俺を睨みつける。
何をありえないことを言ってんだ? カラカナ様でもない脂肪を崇拝する理由は無い。
いや、カラカナ様も崇拝はしてないな。
尊敬はしてるが。
そんなことより立花だ。
「お前が立花を消したのか? どこにいる」
無事なら許す。脂肪が無くなるまで追いかけ回すくらいで。
擦り傷でも負っていたら、無くなるまで千切る。
そういう思いを込めて睨みつける。
「お前………そう、お前だ。お前は、なぜ俺を崇めない。【崇めよ】」
「断る。理由が無い。神でもない、ただ見てるだけの奴が。アホか」
即答したのが気にくわないのか、何かを叩くように腕を振り下ろす。
世界が揺れて、またあちこちで砕けていく。
「…観察者が見ているだけの存在だと、本当に思っているのか?」
「いいや。だが俺の不幸を見て笑ってる奴なら、ぶちのめす準備は出来てる」
観察者が俺たちに、あるいは観察する世界に干渉していない筈が無いのは、最初からわかっていた。
蠅は収穫扱いをしていた。
そもそも干渉しないのなら、トレードなんてやってないだろう。
俺がここにいること自体、それが嘘だという証明になっている。
これほどわかりやすい嘘も無いと思うんだがな。
…みかりんやあるむは単純に信じそうだが。
いつか詐欺にあうんじゃないか?
「そうだ。お前らが魂を委ねるほどの願いや捧げられる祈り。そして、それを産むお前らの全てが、俺の【糧】となる」
そう言えば、蠅がガーデニングみたいに例えていたか。
その時に、【糧】にしている観察者がいるとか聞いたっけ。
…それが自分の話だとは考えなかったが、あいつ知ってたんじゃないか?
「お前らは、【糧】だ。俺を満足させるためだけに生き、食われて死ぬだけのものだ」
ついに【大慈のいた世界の観察者】が姿を現しました。