転移する理由が見つからない 067
トレード場所全体が揺れたようです。
大慈からカラカナへの評価が最大値になっています。
転移する理由が見つからない 067
スライムが暴れ回っても揺れなかった世界が揺れた。
周りの景色は歪みがある鏡を見たように、不気味なものへと成り果てていた。
世界中にヒビが入り、蠅が残したものとは違う穴が増えている。
さながら這い回る蛇のように見える。
ヒビと穴に蹂躙される世界は、その隙間を埋めようとしているようだ。
だが欠けたものが補われる訳では無いのだろう。
ヒビが塞がれば、他の場所で亀裂が走る。
「あー、もう限界ダナー。みんな帰っちゃったカナー?」
そういえばこの場所は観察者同士がトレードを行うために作った世界だと聞いた気がする。
「観察者がいなくなったから、壊れ始めたのでしょうか?」
「…なんで敬語なんです?」
みかりんが紅い顔で不思議そうに言うが、何を言っているんだ?
大いなる癒しをその身に宿した眼福をもたらす女神様だぞ? 敬語くらい当たり前だろう。
「そダヨー。もう保たないカナー。休憩中だったみんなも、慌てて帰ろうとしてるから、そろそろホストが回収するカナー?」
「全然何を言ってんのかわかんねー…なんでホストが出てくんだ?」
あるむが思い浮かべているのは、たぶんホストクラブのホストだろうな。
カラカナ様が仰ったのは、主催者という意味のホストだろう。
俺たちが元々いた世界の観察者が主催者だとか言っていたから、そいつが姿を見せる、ということになるが…。
周囲を見直してみると、たまに【明かり】が湧いて消えていく。
蠅はスライム退治の後、穴を開けて消えたので別物だな。数も多いし。
たぶんあれは他の観察者たちなのだろう。
赤い観察者同様、各自の休憩所にいた奴らが帰るところか。
だとするなら、消えていかない【明かり】がホストな筈…?
「変だな。消えた筈の蠅が」
「…!」
その瞬間に、何が起きたのか。
あまりにも多くのことが起こり、正確に思い出すことは難しい。
世界を這い回る蛇のようなヒビ。
それは蠅が消えた筈の穴から広がった。
いや、明らかな意思を持って、俺たちに襲いかかって来た。
みかりんとあるむの手前でヒビが止まったのは、カラカナ様がすぐ近くにいたためだろう。
だがカラカナ様たちを切り離すみたいにヒビが入り、裂けた。
空間そのものが裂かれたのか、姿が消えて見えなくなったが、【明かり】は見えた気がする。
多分、あの二人は大丈夫だろう。何せ女神様がついている。
落ち着いて思い出すことができるのは、そこまでだ。
立花は俺を警戒し、話している間もすぐに動けるようにしていた。
ヒビが入った瞬間、俺は吹き飛んでいた。
カラカナ様達が見えなくなったのは、その時だろう。
無意識に反応した右足は足首が砕けて膝が外れている。
何かを蹴りつけたが、逆にそのまま吹き飛ばされたのだ。
足裏から右足全体が重く怠い。
発勁を打ち込まれた時の、あの感じだとわかる。
それをしたのが誰なのか。
考えるまでも無いことだが、俺はそれを考えたくなかった。
だが、脳が勝手にその姿を再生し、視線がその姿を探す。
絶望的な気分になりながら、先ほどまで俺がいたであろう辺りに目を向ける。
周囲の空間を引き裂いたヒビ。
それが広がって出来た穴。
そこにあったのは、それだけ。
その中から、ニヤニヤと蔑むように歪んだ笑みを浮かべたものが、俺を見ていた。
トレードのための場所が崩壊を始めました。
果たして世界の裂けめから覗いているものはなんなのでしょう?
そして立花はどうなったのでしょう?