転移する理由が見つからない 062
スライムの動きを封じ込めることに成功し、ようやく一息を付けたようです。
転移する理由が見つからない 062
あとは切り取るだけだから気楽なものだ。
そんな風に思っていた俺は、明らかに油断していた。
気が緩んでいた。
ジジイのいる場所だけが少し膨らんだように見えるスライムは、【足場】で覆われていた。
落下速度が緩やかになり、多少離れた位置に止まってしまった俺は、のんびり歩いていた。
既に動くことができないスライムに、然したる危険性もないだろうと甘く見ていたのだ。
スライムからジジイを剥がすには、めり込んでいる部分まるごと切り取れば良い。
それくらいは変態金髪でも出来るだろうと思っていたが、ハルと一緒に気絶しているようで、蠅が介抱しているのが見て取れた。
あるむはスライムの周りをグルグルと回っている。
【足場】が消えて、また跳ね回らないように、と念を押しているようだ。
スライム自体も観念しているのか、表面に出ている岩などが引っ掛かっているためか、回転するそぶりも見せずにおとなしい様子になっていた。
その光景を見て、片付いた、などという温い結論を出した俺は馬鹿野郎だった。
使えるのが立花しかいないのだから、長剣を使ってジジイを切り出すのは当然だった。
舟形にくりぬくように、ジジイの左右から剣を入れて、スライムを切り出していく。
そんな様子を見ながら、無意識に掻いていた左手の痒みに虫にでも食われたかな、とのんきなことを思って目を向けた。
赤い観察者が残していったハンカチは、俺の右拳に巻いてあったから、右手が守られていたらしい。
左拳が火傷をしたような、爛れたような状態になっていた。
たぶん、インパクトの瞬間、スライムに触れていたのだろう。
【庭園】で液状だったスライムを思い出す。
本体ですらない、道に残されていた粘液があっさりとシャツを溶かしたことを、なぜ俺は忘れていたのか。
球形になったからと言って、溶解能力が消えている?
俺の人生で、俺に都合の良いことなんて、起こったことがあったか?
自分の失策に気づいた時には、俺は走りだしていた。
立花がスライムを切り裂き、ジジイが引きはがされるのと同時に。
スライムの中身が、立花へと噴出した。
大慈の人生においては「常に最悪の事態を想定しろ。奴はその斜め上をいく」という、どこかの王子のような展開が多くあります。
そのため、「油断したらロクなことにならない」という思考が染みついています。