転移する理由が見つからない 058
スライム退治の下準備をするようです。
転移する理由が見つからない 058
スライムが俺たちに向かって来ているのは明らかだ。
たまに軌道を変えて、つまみ食いでもするように明かりへと向かって行くが、基本的な方向は変わらない。
なんとなく俺を探して襲い回っているように思えるが、錯覚だろう。
「三百秒だから…五分後にはここまでくるな」
あるむの視界では、対象との接触までの時間が秒数で表示されているようだ。
他にも幾つか数字があるらしいが、ゲームのパラメータのようなものだと思われる。
残念なのはスライムの弱点や体力などの情報が出ていないらしいことか。
「何か武器を出せるか?」
変態金髪に尋ねるが、力を貸す気が無いようでハルを抱えて逃げようとしていた。
「…スライムと呼んだが、あれの本質は全く別物だ。お前らに倒せるようなものではない」
「やってみないとわかんねーだろ?」
素手を打ち鳴らして待ち構える姿が頼もしくもあり、滑稽でもある。
素手で叩いたらどうなるのか実験になって貰うのも一つの選択だが、ほぼ間違いなく食われるだけだろうし、それで死ぬようなことがあれば寝覚めが悪い。
「…勇者ではない貴様らが、扱いきれるものではないが、困難に立ち向かう姿勢は評価するべきか」
ケチをつけながらも、変態金髪は手を光らせて武器を出した。
こういうのもツンデレというのだろうか。
鬱陶しいだけなんだが。
あるむには槍を、六花には長剣を。
なるほど、勇者にこだわるだけあって、なんとなく勇者が使いそうな武器だ。
「…で、納得のいく説明をして貰おうか?」
手にした武器を振りかぶりながら、聞いてみる。
長さは1メートルちょっと。
その重量感は程よく、一撃の威力が容易に想像出来る。
握りに力を込めると、赤い観察者が残したハンカチ越しにフィットするような、無骨な感触が返ってくる。
釘バットなんて、久しぶりに見たぞ?
まぁ、釘バットにしては若干太く、釘付き棍棒という方が近いか?
どちらにしても、勇者の武器では無いだろう、これ。
いや、知らないだけで釘バットで魔王を撲殺する勇者なんてものがいるのかもしれんが。
「様になってんな。使い慣れてんじゃねえの?」
「俺みたいな善良な一般市民が、こんなものを使い慣れている訳が無いだろう」
あるむ、頼むから不思議そうな顔でみるな。
六花は俺から目をそらし、スライムの方を監視している。
…わずかに肩が震えているのは、笑いをこらえているためでは無いと信じたい。
さて、そろそろスライムへのリベンジ戦が開始になるが。
切ったり叩いたりで、あいつは倒せるのか?
ゲームなんかだと叩き潰すとかしてるんだが、あの質量じゃそれも難しいだろう。
跳ね転がりやって来るスライムは、休憩所であった時よりも育ったらしい。
体高は目算で8メートル強。
その表面は芝生のように見えるが、時折黒っぽいものが表面を高速で移動していく。
取り込まれた【明かり】が表面に張り付いているのだろう…お?
その張り付いたものは、見覚えがある奴だった。
大慈の肩書が「善良な一般市民(棘付き)」に進化しました。
釘バットってリアルで見たことある人ってどのくらいいるんだろうか?
間違っても作ったり使ったりしないようお願いします。