転移する理由が見つからない 056
勇者というものがいかなるものか、ご理解いただけたでしょうか?
それを理解した彼らの反応はどうでしょう。
転移する理由が見つからない 056
戦うことを忘れた人間が、どうなるのか。
その実例を見せられたような、嫌な気分を味わいながら、俺たちは元の場所に戻っていた。
唯一、ハルだけが「勇者って面白いよね!」と嬉々としていた。
あれの何が面白いのか、全くわからない。
怠惰って人間をダメにするんだな、と後半の酒池肉林っぷりを思い出す。
美味いものを食いまくるのは羨ましいと感じたが、2桁の女性と肌を重ねていたのは拷問じゃないのか?
先代の死因とかもそういう理由な気がする。
まぁ、ああいう爛れた生活を続けられるのもある種の才能なのかもしれないが、俺は無理だな。
「先の世界は、勇者になるということの一例だ。世界のために己を犠牲に出来ない者を、勇者として転移させることは出来ない」
変態金髪が聞こえの良い文句を言っているが、実態はアレだ。
そんな屁理屈では、俺はもちろん、あるむも六花も納得などしないだろう。
そう思って2人をみたら、何故か顔を真っ赤にしていた。
あるむは顔中が赤くなって、涙目に見える。
何か言いたいようだが、アワアワしていて言葉になっていない。
六花はうっすら頬を染めていて、少し目を伏せている。
表情が出ているのが珍しく、つい見惚れた。
なんで赤くなっているのか? と思って、さっきの情事を見て照れているのだと思い至る。
なんだ、可愛いところがあるじゃないか。
そんな風に思い、無意識に口元が緩むのを感じながら、暫しその様子を楽しむ。
あ、目があった…おぅわあっ!
三本指の目突きが、一直線に飛んできた。
反射でスウェーしながら、手刀で受け止めたが、完全に入ってたぞこれ。
六花をからかう時は、なるべく距離を置いてからにしよう。
あと半歩近くにいたら危なかったな。
一撃入れて気が済んだのか、そのまま手を握っても抵抗はされなかった。
なんとなく睨まれている気もするが、せっかくなので離さない。
そのやりとりを見て、あるむが少し落ち着いたのか舌打ちをつく。
変態金髪に文句を言いたいようだが、なんと言えば良いのか迷っているようだ。
「で、あるむは勇者になるんだったか…へぇー」
「なっ! ならない! 絶対無理っ!」
まぁ、異性に揉みくちゃにされてニート生活する勇者じゃあ、なりたいとは言えないよな。
そんなもんになりたいとか、ダメ人間だし。
からかうような事を言うな、と六花が手首を極めようとする。
角度を変えてそれを躱しながら、手を離さないように保つ。
なんだかヤキモチを妬かれているみたいで気分が良いな。
観察者たちを見ると、
「勇者というものは選ばれた上で、その重責を担う覚悟がなければいけないのだよ」
「勇者かー、僕もいつか選択肢に加えたいなー」
などと妄言を吐いていた。
こいつら、まさか本気で勇者をああいうものだと思っているんじゃないだろうな?
勇者の様子はぺネエルが自慢げに見せ、ハルが喜んで見続けていたため、見終わるまで戻れませんでした。
「酒池肉林の状況を間近で見ている姿」を他人に見られつづける、という状況は女性陣には恥ずかしいものだったようです。