転移する理由が見つからない 045
「スライムから逃げる」最終ステージを始めましょう。
転移する理由が見つからない 045
盗掘だか遺跡調査だか。
そんな主題の映画で見た光景を自分で体験することになるなんて、笑いしか出ない。
丘の上から転がってくる緑の球形は、庭木や地面を押し潰し、取り込んでいく。
取り込む度に球形が歪んで軌道が代わり、表面の色も汚れていく。
突き出ているのは庭木の根か。
掠めただけでも致命傷になるだろう。
それこそ根こそぎ持って行かれる。
二股の朽木は姿を消していた。
どうせ食らうならそっちが良かったと思いながら、辺りを見渡す。
何もない。
役に立ちそうな物も、打開策も。
それでも、足掻ける範囲で足掻く。
単純に死にたく無いからだが、時間の問題なのが自覚出来ているから、笑いしか出ない。
時折小さく弾みながら無軌道に転がってくるスライムに背を向けて、辛うじて残っている池に向かい走る。
振動の影響か縁の石が欠け、若干寂れた様子に見える池。
近づくにつれて荒れた様子がよりはっきりと見えてきて、鯉が泳いでいるのが見えた。
逃げ場がないだけなのだが、何故か危機感が無い様に見えてしまう。
迫り来る死を背中に感じ、池の中へと身を投げた。
一瞬、身体が煽られる。
頭から水に落とされ、鼻から青臭い水が流れ込む。
むせ返りそうになるのを抑えて泳ごうとして、左腕の痛みに声が漏れた。
忘れてた。と思った時には水を飲んでしまい、溺れる。
息苦しさと臭さと痛みに軽くパニックを起こし、痛みを忘れてもがき回る。
立ち上がれる程度の深さだったことに気づいた時には、呼吸も満足に出来ないくらいになっていた。
水と藻を吐きながら、貪るように息をする。
珍客に隠れたらしく鯉の姿は見えないが、相手をしてやる余裕もない。
池から外を覗くと、緑の塊が転がって行くのが見えた。
そのままどこかに消えてくれ、と祈りにも似た思いで観察する。
万一、戻って来た時に池の中では逃げ場がない。
念のために上がっておこうと思い、池の縁にある石に手をかけて這い上がる。
正直、かなりキツイ。
スライムから目をそらさないようにしながら、疲労と息切れと眩暈で平衡感覚が狂った体に鞭を打つ。
このまま休んでしまいたくなったが、遠くへと転がっていくスライムが止まったのを確認し、無理やり立ち上がる。
ヤバイ、吐きそう。
こらえようとする俺に追い打ちをかけるように、何度目になるか振動が足から伝わってくる。
また飛ぶつもりなのだろう。
だが、今回は更に様子が違う。
身体の表面が波打ち、色が変わる。
土に汚れた姿から、白と茶と緑が混ざったものへと。
つまり、石と根、庭木を表面に浮かばせているのだ。
着地の瞬間に、それらがそのまま張り付いているとは、とても思えない。
散弾をばら撒く地雷とかあったな。あれなんて名前だったっけ。
そんなことを思い出しながら、【出口】を見る。
多分、これは最後のチャンスだ。
靴に入った水が音を立てるが、脱ぐ暇もない。
勝手に倒れようとする体を必死で動かし、池を回り込んで確認する。
重要なのはスライムと【出口】の位置。自分がどこに居るべきか。
「来いよスライム! 殺れるもんなら殺って見やがれ!」
軋む肺から声を絞り出し、スライムに俺の居場所を伝える。
やりたく無いが、他に方法が思いつかない。
振動が止んだ瞬間、スライムが宙を舞う。
その巨体は真っ直ぐにこちらを向いて跳んでいた。
これまでの飛距離からすれば、直接潰される心配はない。
たぶん、池よりも大分向こうに落下する。
だがスライムの狙いは目に見えるほど明らかだ。
背を向けて全力で走る。
肺が引きちぎれそうに痛むが、言っている場合じゃない。
【出口】へと向かって、全力で跳ねる。
予測した最善の位置と、自分の身体が重なったと信じる。
直後、身体が消し飛んだ様な衝撃。
これまでよりも遥かに近距離で発生した衝撃波は心臓が止まるかと思うほどの威力で俺を吹き飛ばした。
同時に表面の異物が全方位へと打ち出され、それは当然俺にも当たった。
左腕が肋骨を巻き添えに、ねじり上げるようにしてひしゃげていく感触。
舞い上げるように俺を弾き飛ばした二股の朽木は、その衝撃で二つに分かれて遥か彼方へと飛んで行った。
ぶつかったのがあれでなければ、真っ二つになっていたのは俺だろう。
世界が吹き飛んでいく様な景色の中で、必死に手を伸ばす。
明かりの尾が右腕を焼く感覚。あえてそれが消えないように意識を集中させる。
右肩が【出口】に引っかかり、ねじ込んだ右手が【足場】を作って握りしめる。
吹き飛ばされそうな身体を無理矢理留めるが、支え切れなかった右肩が外れる。
引き千切られそうに伸ばされる腕の痛みに歯を食いしばり、奥歯が砕けるのを感じる。
力を振り絞って、右腕を曲げて【出口】に身体をくぐらせる。無理矢理ねじ込んでいくように通り抜ける体は、腕なのか腹なのか、どこが痛いのかもわからないほど痛みを訴えている。
衝撃波と【庭園】から脱出した俺には、もはや立ち上がる気力も無かった。
近くの明かりへと意識を向けて、そちらに向かって倒れこむ。
息をするだけでも痛む身体が叫びをあげて、肺と骨を震わせる。
実際に自分が叫んでいるな、と思いながら、ゆっくりと落ちていくのを感じ。
俺の意識は途絶えた。
おめでとうございます! 大慈はスライムから逃走することに成功しました!
逃走したため経験値、入手アイテムはありません!
ダメージおよび状態は、異世界転生トラックに換算するとなんとおよそ3回分!
なお、逃走成功ボーナスとして死亡寸前の状態で止めておきました!
死亡による転生は発生しませんので、そのまま人生を謳歌してください!
繰り返しますが、大慈の人生は大体いつもこんなんです。