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転移する理由が見つからない 044

第一ステージでは無事逃走に成功しました。

それでは、第二ステージを始めましょう。

転移する理由が見つからない 044





呼び止める暇すらなく、チャロたちが姿を消した。


「マジで置き去りにしやがった…」


まるで名残のように、観察者がいた場所にハンカチが落ちていた。

真っ赤に染まったそれを拾い、右拳に巻く。


再び会えたらお見舞いしてやる。


そう思いながら視線を戻すと、微かに身体が揺れた。

細かな振動が続いている。

思い当たる原因が一つしかなくて、そちらに目を向けてめまいを覚えた。


球形スライムが、沈みこんでいる。

いや、地面に沈んでいるわけではなく、接地面積を広げるように、下へと圧力をかけていた。


揺れが始まってから、ちょうど5秒。


爆発したような音と衝撃。

地面が波打ったような錯覚すら覚えて、それでも手足を地面について無理矢理身体を支える。


見えたのは、少し縦に伸びた緑の球形。


沈みこんだ反動で跳ね上がったスライムは、そいつの体高の3倍以上の高さにいた。


結果が嫌でもわかる光景に、慌てて走る。

視界の端から外れないように、いつでも受け身が取れるように。


茶室や庭木、石灯籠や地面までをも。

その体に取り込んだ塊が地面へと落下した瞬間、衝撃波が身体を突き抜けた。


一瞬意識を失っていたが、すぐに戻る。

空中を飛んでいることを理解するより先に身体が動き、回転して体勢を変える。

地面や庭石を撫でるように手足を使い、草を滑りながら立ち上がる。


洒落になってない。


巨大なゴム毬と化したスライムは、僅かに地面にめり込んでいたが、再び細かな振動を生み始める。


また跳ばれる前に、再び走る。

衝撃波の影響が抜けきらない身体が動く事を拒否するが、死ぬ気で動かないと死ぬ。


2回目の跳躍を力任せに走って凌ぎ、着地の瞬間に合わせて宙に身を投げる。

飛びそうになる意識を無理矢理繋ぎ、迫って来た庭木に蹴りを入れて更に飛ぶ。


チャロのいう【出口】へと繋がる照明弾の明かりは、衝撃波の影響で多少歪んで薄れていたが、まだ消えずに尾を繋いでいる。


直線的に向かいたかったが、2度の衝撃波に吹き飛ばされて多少ズレた。


ズレも含めて考える。

スライムがジャンプするまでタメがあるので、その間にどれだけ近づけるか。

最低でも後3回。

あの衝撃波を食らう覚悟が必要だと、肚をくくる。


姿を変えられた事で、俺の居場所が分からなくなっているようだ。

丘の上を目指して進むスライムを見て、少しは救いがあると感じる。


だが、次はまだ視界に入るが、そこまでだ。

多分、その後は視界に入らない。

衝撃波が起きるタイミングは勘任せになるだろう。


池を模した草の上、庭木と庭石を跳ね渡る。

3回目の衝撃波で吹き飛ばされて、草の中に落とされた。


そのまま気絶していたのだろう、4回目の跳躍の衝撃で目を覚ます。

思ったよりも衝撃波が影響しているのか、身体がちゃんと言う事を聞かない。

舌を打ちたくなるが、そんな真似をしたら噛みちぎりそうだ。

代わりに拳に力を込めて誤魔化しても、状況は改善しない。


4回目の衝撃波で草叢へと飛ばされる中、回転する視界でスライムの居場所を確認する。

何故か丘の上を目指し続けるスライムが見えて、もしかしたら観察者が引き寄せる何かを仕掛けていたのか、と期待する。

だとするなら、お見舞いするのは止めてやろう。


吐き気を感じながら、それでも走る。


5回目の振動と、衝撃波。


受け身を取り損ねたせいで左腕が庭木に当たり、激痛に叫びたくなる。

くっそ。ヒビ入ったか?

庭園を観察しながら散歩道をゆっくり歩いてきた時とは違い、ほぼ直線距離をすっ飛んで移動した代償がこれだけなら、まぁ悪くはない。


その代償のおかげで、明かりが残っているうちに茶室のあった場所まで辿りついた。



辿りついた、のに…。


「クソッタレ…」


心の底から声が漏れた。

繰り返された衝撃波により大分薄くなった光の尾。

それが伸びた目的地、そこに見える【出口】を。


俺は、絶望とともに見上げていた。


俺はこの休憩所に来た時に、落ちてきたらしい。

その時に地面に打ち付けられて、だから気を失っていたのだと思い至る。


5メートルは上にあり、斜めに下を向いた穴。

その中へと光の尾は繋がっていた。


【足場】が作れない以上、代わりがなければそこまで飛べない。

茶室は屋根の高さが同じくらいだったが、既に跡形もない。


丘の上にいるスライムを見て、思わず笑いが込み上げた。


ゆっくりと、その巨体がこちらの方へと、傾いた。


耳には形を残していた【庭園】が踏み潰される音が。

視界には転がり始めた球形が。


「…クソッタレ」


絶望を噛み締めながら、もう一度吐き捨てた。


もう出来ることは、これくらいか。


そう思ってポケットから新芽を取り出し、【出口】へと投げ入れた。


あーぁ、クソッ。俺の人生、こんなんばっかかよ。






大慈の人生はこんなんばっかです。

油断すると不幸が訪れ、慢心すると悲劇が起こり、安心すると災厄がやってきます。

なんでこんなに酷い目にばっかりあうんでしょうね?


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