転移する理由が見つからない 043
どうにか観察者のいる丘まで逃げ延びた大慈。
果たして、これで一件落着?
転移する理由が見つからない 043
「おいおいおい、マジかマジかよマジなのかよ! 休憩所に攻め込むなんざルール違反にも程があるだろ!」
赤い観察者が立ち上がる。
ようやく今の状況を理解したようだ。
振り上げた腕から赤い光が射出され、緩やかに弧を描いて上空へと飛んでいく。
手から照明弾が出るとか、やはり観察者はおかしい。
軽い破裂音の後に強烈に輝いた照明弾は、ゆっくりと揺れながら落ちている。
だが、地面に落ちるまでは大分かかりそうで、周囲の様子を明るく照らし出した。
丘の周囲では、まだ庭園が昼間の姿を保っていた。
だが、茶室のあった方に目を向けると、まるで竜巻でもあったかのようだ。
スライムは液状の体で包み込むように、移動しながら獲物を取り込む。
その爪跡が明かりに照らされ、生々しい現実として浮かび上がる。
庭木だけでなく地面までもが姿を変えて、蹂躙された傷を晒していた。
明かりの下で目にして初めて分かったが、全てが消化されていた訳ではなかった。
庭石や茶室の残骸がまるで内臓のように中に浮かんでいる。
そうして少しずつ溶かされていくのだろう。
その巨体の端、二股の朽木がスライムの表面で揺られている。
まるで手を振っているように。
「私たちは一つになるのよ」
「お前もこっちに来なさい」
小石に生えた新芽に呼びかける声が聞こえた気がして、背筋が冷えるのを感じる。
「チャロ、逃げんぞ! と、あーっと、大慈だっけか? お前も早く逃げろよ?」
「逃げろよ、じゃねえだろうが。ここから出せよ。お前が許可しねえと出れねえんだろうが」
寝る必要が無いとか言ってた割には、随分と寝ぼけたことを言う。
だが、更に寝ぼけたことを言われて思わず固まった。
「あ? そんならもう出てんだろーよ? なんで残ってんだ?」
「招かれた訳じゃ無いから、管轄下に無いのかも。どこから入って来たのかわかるかな?」
は? 命懸けでここまで来たのに無駄足?
いや、落ち着け俺。
キレて殴っても無駄だ。
それより、脱出経路を探すんだ。
「気がついたら茶室の辺りに倒れてたんだ。どうやって来たのかなんて知らない。お前、観察者ならなんとか出来るんじゃないのか?」
「いや、見てねーこととか知らねーし。あー、でもアレだ。俺らがいなけりゃここもアレだろ? そうすりゃどうにか出来んじゃね?」
全くわからん。
通訳を願いチャロを見るも、
「それだとアレもどうにかしないかな? あれもスライムなら、スライムにしておいたほうが良いんじゃない?」
会話についていけない。
こいつらアレか?
リンクとかテレパシーとかいうアレで繋がってるのか?
「オーケーオーケー? んじゃそうするか。そうすりゃどうにか出来んだろーよ? な?」
だから、な? じゃねえっての。
困惑する俺を無視して、両腕をスライムに向ける観察者。
その後ろでチャロが応援している。
なんだろう、この緊張感のない感じ。
俺、ついさっきまで死ぬ気で逃げてたんだけど。
「スライムはスライムらしくしてろ、っつー話だ」
その言葉に力があるのか、仕草によるものなのか。
スライムから流れた粘液が、周囲の草や木などを巻き込みながら寄せ集められていく。
草や土まで巻き込んだ粘液は光を弱め、スライム本体へとまとわりつき、更に締め付けるように押し重なる。
周囲から押されているのか、その形はいびつに歪み、はみ出た箇所が押し潰されていく。
赤い観察者が腕を下ろした時には、スライムは液状ではなく、球形に固まっていた。
巻き込まれたものが表面を覆っているため、緑のボールのようにも見える。
サイズ自体も圧縮されたのか、少し小さくなったようで、茶室と同じくらいになっていた。
「…倒したのか?」
「あー、もう庭がズタボロじゃん。サイテーサイアククソッタレ。俺もう帰るわ、やってらんねー」
「スライムにしただけだから、早く逃げようね? えーっと、ねぇパパ、アレで合ってるよね?」
いや、元からスライムだろうあれ。
液状スライムが球形スライムになったからって、だからどうした。
「倒せないのか?」
「はっはっはームリムリ。あの野郎、俺よりつえーんだわ。この世界じゃ勝ち目ねーや。全然本気出せねーからさぁ、もーマジやってらんねー」
がっくりと項垂れたらしい姿に、溜め息が出る。
観察者は、自分が作った世界で最強って訳では無いのか。
再び腕を上げ、照明弾を放つ。
今度は上空ではなく、茶室があった方角だ。
光の尾を引いて飛んでいき、突然消えた。
「命中ー! 大慈たちはあの穴から来たんだね。大慈、あそこまで行けば出られるかもよ?」
茶室があった場所の奥、辛うじてスライムの襲撃から免れた池の手前辺りの空間に、穴が空いていた。
逆方向に逃げてたら、この世界から出れていたのか。
そんな事実を知らされて、疲労感に膝をつく。
「それじゃあ、あたしたちは先に出るから、頑張ってね?」
え? そこまで運ぶとかしてくれないのかよ。
基本、赤い観察者はトレードに乗り気ではないこともあり、トレード対象やその生存に興味がありません。
暇つぶしが出来そうだったので構っていましたが、面倒くさくなったので投げています。
チャロもその性質を受け継いでいるため、一応アシストはしますが他人事です。