転移する理由が見つからない 042
大慈は逃げ出した! しかしスライムが追ってくる!
→倒れるまで逃げる
倒れるまで逃げる
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転移する理由が見つからない 042
彷徨うことが無いように、立ち上がって方向を確認する。
【庭園】には外灯は無い。
スライムの粘液の跡と、スライムが動く音。
あとは、自分の感覚だけが頼り。
茶室があった場所、現在位置、だとするとこっちに道があるはず。
迷いや不安が心を過るが、確信があると言い聞かせて足を向ける。
再度手を突き出して、腰を落として猫足立ちになり、倒れるように走り出す。
よし、オブジェだ。
手が当たった瞬間に、そこを軸にして身体を回す。オブジェの反対側に着地して、オブジェの形を確かめる。
二股に分かれた朽木と、小石に生えた新芽。
光が視界に入りそちらを見ると、スライムが盛り上がっていた。
まるで屋根付きの球場のような姿。
遠近感を狂わす暗闇の中で光を放つスライムが、今どれくらいの大きさなのかわからない。
それは、距離を掴めていないということでもある。
「…クソ。ゆっくり休むくらいさせてくれよ」
軽く悪態を漏らすと手に力が篭る。
握り締めた掌に違和感を感じたが、新芽の生えた小石だと気付き、そのまま持って行くことにする。
二股に割れた朽木が、
「この子のことを頼みます」
「私たちのことは構うな」
そんな風に言っている気がした。
シャツが無くなったため、ズボンのポケットにねじ込んで、方向を再確認。
道なりに進むのが記憶を辿れて確実なルートだが、時間が足りるかわからない。
あのスライムがどのくらいの速度で移動できるのか。
楽観的な考えをしていたら、絶対にろくなことにはならない。
最悪を前提に最善を尽くすべきだな。
大体の方向は把握している。
丘の上、赤い観察者がいるはずの方角を見て、大きく息を一つ。
よし。ここから先は、ノンストップで行こう。
朽木のオブジェに飛び乗り、バネにして身体を飛ばす。
深めの草が足を包み、ガサリと大きな音を立てる。
走り出した俺の跡を追うように、草は音を立てていく。
視界が狭くなった気がして斜めに跳ねて左手を振ると、その手が岩に触れた。
勢いを殺さず、岩に沿って身体を転がし、反対側へと回りこむ。
岩を蹴りつけ、再び舞う。
風を切る音の中で、風に揺られる枝葉の音に手を伸ばす。
弾かれそうになるのを力任せに握り込み、振り子のように枝と身体がしなる。
しなりに乗った勢いはそのまま、手を離して大きく飛ぶ。
着地地点に岩がなかったのは幸いだ。
草に突っ込み前転から立ち上がって更に駆ける。
キツイ傾斜だが壁を走るよりは楽だ。
そんな動きを繰り返し、着地した草が足に絡みつかないほどに短いのを感じて勢いを殺す。
…ついた。
丘の上にいるはずの赤い観察者を探すが、明かりを必要としないのか暗闇しか無い。
「あれ? まだ夜だよ? 怖い夢でも見たのかな?」
夜泣きする子供扱いをされてそちらを見るが、姿が見えない。
うっすらそこにいるのが分かるくらいか。
妖精だと認識の方法が人間とは違うのかもしれん。
「悪夢の方がまだマシだ。死ぬ心配が無い」
寝ていたら死んでいただろうけどな。
チャロの声に安堵しながら、観察者がいるのか確認すると、
「あー、あれか? 夜景を眺めて語らおうってことか。いーねぇ。月も星も無いけど、明日の夢は語れるってかぁ?」
声のした辺りに蹴りを入れつつ、透明なのにどうやって物を見てるんだろうかと疑問になる。
いや、そんなことはどうでもいい。
「あのスライムをどうにかしろよ。危うく死ぬところだったじゃねえか」
「「スライム?」」
…あれ? 反応がおかしい。
「チャロみたいにお前が連れてきた奴じゃ無いのか?」
「大慈の連れじゃなかったの?」
「チャロしか連れて来てねーなぁ。スライムって言やぁ、丸くて弾む魔物だよなぁ。寝込みでも襲われたかぁー?」
襲われたけどな、そんなゴム毬みたいな奴じゃないぞ、あれ。
振り返り、確認する。
そんな可愛いもんじゃ無い。
「あれがそんな風に見えるのか?」
光を放ちながら移動するそれは、二股のオブジェがあった辺りまで移動していた。
途中まで既に切り開いた道があったせいか、だいぶ速く移動していたようだ。
いろいろと吸収したのだろう。その姿は茶室よりも大きなものに見えた。
彼の場合はこれまでの人生経験により、ある程度のシミュレートが出来れば反射的に身体を動かせます。
それでも、ほぼ初見の場所を明かり無しでパルクールやってるようなものです。
大抵の人は死に目を見るので、熟知した明るい場所でも決してマネしないようお願いいたします。