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転移する理由が見つからない 041

スライムが現れた!

→倒れるまで逃げる

 倒れるまで逃げる

 倒れるまで逃げる

転移する理由が見つからない 041





暗い【庭園】には明かりが無く、視界は最悪と言っていい。

わずかな光源は、蛍火のような光を放って逃げる虫。

そして、スライムの表面や粘液に見える彩り豊かな光。


まるで万華鏡のように、だが緩やかに移り行く光は優しい。

それに誘われているのだろう、虫などの羽のある生き物が舞い、光を遮っては溶けていく。


誘蛾灯には虫を寄せ付けるフェロモンのような匂いをつけてあると聞いたことがある。

あのスライムの光や粘液にも、似た効果があるのかもしれない。


またぼんやりとその様を見つめてしまいそうになり、意識を戻す。

丘のほうへと目を向けると、暗闇に覆われている。

その中を進まなければならない。それも、スライムに追われながら。


何かにぶつかっても対応が出来るように、左手を前に出したままで腰を落として走る。

スライムが何を基準に目標を確認しているのかわからないが、極力音を立てないように気配を殺す。


食い荒らされて草が消えた場所では、赤黒い土が粘液に透けて浮かび上がって見えた。

砕かれた庭木や石灯籠がそこに散らばり、まるで裂けた肉から覗く骨を思わせる。


どこのホラーゲームだよ。

そんな悪態を吐きたくなるが、今は舌打ちさえも命取りだ。

トレード場所ならば空中に【足場】を作って、安全な高さへと移動するのだが、ここではその手段が取れない。

自力で対応するしかないだろう。


スライムにのしかかられた茶室が、軋む様に悲鳴をあげる。

食い千切られ、踏み躙られている茶室が、


「今のうちに逃げろ」


と言っているようにすら感じる。


異変を察知したのか。

遠く背後で、逃げ場を求めて跳ねる鯉が池へと落ちる音をさらに遠くに引き離す。

近づいてくる、草むらの陰で助けを求める虫の音を、黙る暇も与えずに追い越していく。

風に揺れる草花のさざめきと、立木の枝葉が震える音に耳を澄ませて、自分の居場所をイメージする。


極力、粘液の跡は踏みたく無い。

草や木が溶けているのを見るに、直ぐに消化されたりはしないだろうが、機動力が削がれるのは致命的だ。

幸い散歩道にはほとんどスライムの影響がない。

だが赤い観察者に会いに行く途中でスライムを見失った位置と再び現れた位置を考えると、1ヶ所横断されているはずだ。

迂回していくことも考えたが、方向感覚がズレたら丘の上に辿り着けなくなる可能性がある。

時間のロスも心配だが、道なりに逃げるほうが確実だろう。


背後から茶室だった物がすり潰されるように地面へと擦り付けられる音や、叩きつけるような音が響く。

おそらく、茶室にいるはずの俺を探している。

ついでに中にあった茶やまんじゅうなどを食らっているのだろう。


走りながら、自分の居場所を確かめる。

伸ばした手に触れたオブジェの形。

良し。イメージ通りの場所だ。距離感や位置感覚が正しく動いていることを確認し、目的地までの距離を再確認する。


気を引き締め直して再び走り、緩やかなカーブを描いたと同時に、再び光が視界に入った。

やはり道を横断するように、スライムの粘液が庭園を突っ切っている。


まだスライムが茶室に足止めされているのを確認し、粘液を飛び越せるか確認する。

目測で10メートルくらい。

普通に飛んでも飛び越せないだろう。

だが庭園の内部がどうなっているのかも分からない。

万一、沼にでもなっていたりしたら最悪だし、分裂したスライムが居ないとも限らない。


…つまり、多少の無理なら無理して超えろってことだな。


シャツを脱いで両手で持ち、極力姿勢を低くして走る速度を上げる。

どんどん迫ってくる光。

それが目前に来た瞬間に踏み切り、体がほぼ水平に飛んでいく。

着地に間に合うように、曲げた足の下にシャツが広がるように。

着地の瞬間に体にひねりを加えながら足に力を籠めて。


回転と推進力。

水切りの要領で、コマのように回りながら、シャツで粘液を滑り、跳ねる。

上手くいった感触に思わずニヤリと笑みを浮かべ。


粘液の上を舞いながら、失敗に気づいた。


胸ポケットに茶まんじゅうをいれたままにしていたことを思い出した。

しまった、食っておけばよかったなどと、余計なことを思ってしまったのがいけなかった。集中力が途切れて力加減が狂ったのか、限界まで溶かされたのか。


シャツが二つに裂けた。


絡みつきそうになるシャツを回転蹴りの勢いで振り払ったが、バランスが崩れる。

倒れこむように手をついて、勢いを殺しきれずに更に転がる。

そのまま数回転がり、垣根にあたって体が止まった。

…どうにか飛び越えることは出来ていたらしい。


安堵に漏れそうになった息が止まる。



すり潰し、叩きつける音が止んでいた。


どうやら茶室は息絶えたらしい。





今回の教訓

・水切り石は人間の動きではない。

・シャツは足で扱うものではない。

・茶まんじゅうは食べるものである。

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