転移する理由が見つからない 040
大慈がようやく一息つけるようです。
たまには休息をとることも大事ですよね。
転移する理由が見つからない 040
茶室の中は、予想した通りに狭かった。
茶器などもあり、とりあえず淹れてみる。
うーん。あんまり美味くない。
味に馴染みが無いせいか、微妙だ。
砂糖多めのコーヒーとか置いてないかな。無いな。
渋いと苦いを同時に味わいながら、チャロも手にしていた茶まんじゅうを食べる。
あ、これ美味いな。出るときに持って行こう。
茶まんじゅうや団子、漬物などをつまんで腹を満たす。
どれくらいぶりに食事をしているのかわからないが、結構な量を口にした。
満足感に横になって、屋根裏を見る。
天井が無いのは古い木造建築には良くある作りだ。
かわりに梁がしっかりと存在を主張してくる。
一眠りしたら、この休憩所を出るとしよう。
身体を揺さぶられた様な気がして、目が覚めた。
周囲を確認しても、暗くて良く見えない。
どうやら完全に日が落ちて夜になったようだ。
いや、日が無いんだから、なんて言うんだ? まぁ、夜だ。
茶室の中は薄暗く、目が慣れるまでは少しかかりそうだ。
周囲に動く物は無く、伸ばした手が茶碗を掴んだ。
変な奴らや変な所に囲まれて神経が過敏になっていたのか。
そう思いながら、再び横になる。
突然慣れない環境にほうりこまれると、無意識にストレスを溜めてしまう。
俺のように繊細な奴なら尚更のことだ。
深呼吸を繰り返し、耳を澄ます。
虫の音を聞きながら眠りにつくのは、結構贅沢なものだ。
…虫の音がしない。
代わりに、
ズルリ、ズルリ、と。
何かを引きずるような音が少しずつ離れていく。
そして、しばらくすると、同じ音を立てながら、近づいてくる。
そして、揺れた。
茶室そのものに何かがぶつかるような音を立て、ミシリと音を立てて、茶室ごと俺の身体が揺れた。
飛び起きて四つん這いになる。
先ほどまで安らぎすら感じさせた畳の感触が手に伝わる。
そのザラリとした感触が、得体の知れない生き物に舐められたようで、怖気を覚える。
それでも本能は素晴らしい。
俺の手足は自然に動き、茶室の外へと身体を踊らせる。
しっかりと途中で茶まんじゅうを手に入れて。
握り潰さないように気をつけながら、振り返って茶室を見る。
星も月も無い、暗い闇の中に佇む茶室は、明るい中で見た姿と変わらない。
だが、その向こう側。
再びその巨体を打ち付けた物を見て、俺は思わず息を呑んだ。
スライムは茶室と同じくらいまで大きくなっていた。
不定形な身体を揺らし、勢いをつけて茶室にぶつかる。
その度に茶室が揺れる。振動は足元に響き俺を震わせる。
…なんだ、これ?
スライムの表面は薄っすらと発光を繰り返している。
赤や青、黄、紫。
まるで先ほどまで咲いていた花を思わせる光が、粘液の照り返しだけとは思えない華やかさで光を放っていた。
そして、その光はパレードのように、庭園の中に新しい道を残している。
【庭園】を食い荒らしている。
目の前にいるスライムが危険な物だと、今更になって感じた。
虫を食い、草を食い、オブジェに使われた木を食って、そして。
…そして?
気が付いて、ぞっとした。
茶室を襲っているスライムが、茶室にぶつかるのを止めている。
その巨体で茶室にのしかかり、まるで思案するように佇んでいる。
スライムが狙っているのは、俺だ。
ぼんやり眺めている場合ではなかった。
この休憩所から、トレード場所に戻るには赤い観察者の許可がいる。
あいつはまだ丘の上にいるだろうか?
そこまで、逃げ切れるか?
スライムが覆い被さる様にして茶室の上へと這い上がる。
最初に見たときと比べて、どれだけ自重を増しているのか。
メキメキと茶室が歪んでいく音を聞きながら、思う。
どうやら俺は相当寝ぼけていたようだ。
ぼんやり眺めている暇があったら逃げねえと死ぬだろっ!
腹を満たし(食欲)、ひと眠り(睡眠欲)。
3大欲求を満たすために、スライムが夜這いに来たようです。文字通りに。