転移する理由が見つからない 039
せっかくなので、ちょっと庭園を散策してみましょう。
転移する理由が見つからない 039
太陽が無いのに夕焼けがある、妙な現象。
だがこの世界を染めていく様は、美しいと感じた。
赤く透明な観察者が丘の上に居たのは、そこからの景色が一番美しいかららしい。
頭上を覆う木は雄々しく逞しい枝を広げており、深い緑に染まった葉の隙間から光が漏れている。
日の光とは違い強さよりも柔らかさを感じる光は、足元の草にもその温もりを伝えている。
その草は歩くための場所には短く伸びていて、裸足で歩いたなら心地よい感触を伝えてくるだろう。
草が伸びるにつれて花が混じり、道との区別をつけている。
道草というには短く、歩くには長い草は白や黄、紫の小さな花を咲かせている。
咲き乱れるのではなく、添えた様に姿を見せるそれらは、美術館に並ぶ絵画を思わせる。
やや丸みを帯びた三角の花弁を、星形の様に広げた白い花。
細く小さな花弁を重ね合わせ、球体の様な形を見せる黄色い花。
蝶の翅の様な大きな花弁を、少しずつ角度を変えて花芯に纏わせている紫の花。
他にも多様な花が咲き、それぞれに美しさを競っている。
いや、互いの美しさを讃えあっているのか。
俺が気に入ったのは白い花。
光を浴びて、うっすらと色を変えていく。
新雪の様な白から、うっすらとした桜色。
夕焼けになる頃には、より赤に照らされ薄桃色から紅の様に。
花を眺めながら道を歩けば、奇妙なオブジェが視界に入る。
それらは様々な素材や形で、意図するものはわからない。
なんとなく気にいったのは、朽木で作られたオブジェ。
俺の背の倍はあり、見上げる様な異様には一葉も無い枝が半ばで折られている。
その幹は中程まで引き裂かれた様に割れていて、その断面は苔むしている。
境目まで視線を下ろすと、土に汚れた小さな小石。
その小石に根を下ろした新芽が、風で揺れ落ちないようにバランスを取っている。
再び歩を進めて、道を行く。
剪定されて丸くなった木は俺の腰ほどの高さで、向こう側がよく見える。
丘へとつながる緩やかな斜面を利用して、全体が一望できるようにしてあるのだろう。
囲われたその場所には、腰掛けられそうな石が疎らに置かれ、その合間を伸びた草が埋めている。
草は全て同じ様で、細く長く、花が無い。
風が起こると一斉に揺られ、まるで湖面に小々波が走るかのよう。
その隙間から、赤い花が見えた。
まるで池を泳ぐ鯉のように、ゆらりと姿を浮かべては草の中へと消えていく。
どこかで見た様な気がして、茶室の近くにあった池を思い出す。
あぁ、あれを模してあるのか。
そう思いながら、風が吹くのを待つ。
風がなければ花は見えない。
たまに見えることが、より楽しさを感じさせる。
日は無いのに、日が落ちる。
周囲に響くのは、虫の音。
鈴のように。鐘のように。
静かな音が、隠れている。
歩けば止まり、遠くで鳴る。
立ち止まり待てば、近くでも。
時に歩き、時に止まって音を楽しむ。
歩を進めるほど、少しずつ音は小さく、遠くなっていく。
ふと、静寂が訪れる。
穏やかな気分の中、不思議に感じて周囲を見ると、来た時には無かった獣道があった。
どうやらスライムはオブジェを食べ尽くしたようだ。
音が無いのは、この獣道の先にスライムがいるためだろう。
少し佇み、静寂を楽しむ。
小さく遠くで、虫が鳴く。
スライムは戻って来ないようだ。
あれにも寝床があるのかもしれない。
俺も茶室に行くとしよう。
寝床というには足りないだろうが、外で寝るよりは良い。
それに、ここまで気絶はしたが休んでいない。
少しは休んでおいた方が良いだろう。
幸い、チャロが茶室を貸してくれた。
赤い観察者は寝なくても平気らしく、一晩中話がしたいと言っていた。
俺は全く話したくない。
この休憩所の維持をするため、あの丘の上から動けないらしいので、俺が起きるまではそこにいて貰う事にした。
余程、話し相手に飢えていたのか、文句は出なかった。
チャロが代わりになってくれたおかげでもある。
気が向いたら花冠でも作ってやろう。
茶室の物は食べても良いと言っていたし、随分と久しぶりに人間らしい行動が出来る。
観察者がアレでなければ、こういう世界で穏やかに生きて行くのも悪くない。
そんなことを思いながら、俺は暗くなっていく道を歩き続けた。
今更ですが、この物語を書いた理由の一端は「文章を書くことへのリハビリ」だったことを思い出したので、今回は多少風味を変えてみました。
情景描写を増やすと文字数が増えてめんど…書きごたえを感じますね。