転移する理由が見つからない 003
3話目です。
異世界に行った先達の様子を見てみましょう。
転移する理由が見つからない 003
目覚めた時、俺は太陽に照らされていた。
久しぶりに感じる太陽は眩しく、目を開けているのもキツイほどに輝いている。
太陽って、こんなに眩しいものだったっけ?
「ここが異世界かぁ。ここから俺の伝説が始まる訳だな」
さっきのジジイとのやりとりが夢だったら良かったのだが、そのアホな呟きで夢ではないとわかる。
辺りを見回している、目の前にいるガキが先達なのだろう。
中学生か高校生かわからないが、そのくらいの年。先程の呟きといい、頭の悪さが顔に出ているようなガキだ。
どちらかといえば細身に見えるが、剣道部とかバスケ部の奴らがこんな感じだったなぁ。
「よし。とりあえず…何にも無いな。街はどっちだ? まぁ、近くにあるだろ」
そう言って歩き出す。
俺の姿は見えていないらしい。どういう状態なのか分からんが。背後霊みたいなもんだろうか。
だがこのガキ、そもそも周りが見えていない気がする。
周りは砂漠だった。ちらほらと岩だか砂岩だかが覗いている場所もあるが、木も水場もあるようには見えない。一応疎らにではあるが、サボテンのような物は生えているので、水脈はあるとは思うが。
そういう状況には一切意識を向ける事もなく、ガキは真っ直ぐに向いていた方へと歩いていく。
チートってのは水が無くても平気なんだろうか?
そんなことはなかったようだ。
2時間か3時間か過ぎ、日の高さが大分傾いてきた頃になったガキの状態は無惨だった。
皮膚は真っ赤になり見た目にも痛そうだ。水が無くても涙が止まらないらしく、泣きながら文句を言っている。
既に声も枯れてきているが、言いたいことが伝わるのはジジイが何かしているからだろう。
ガキ曰く、
【一撃粉砕の拳】【体力常時回復】【ハーレム体質】など幾つかの能力をリクエストしたらしい。
だが、砂漠を一人で彷徨ってる時点で死にスキルと言えるだろう。
流石に砂漠に一人で放置されるスタートだとは思っていなかったらしい。
【体力常時回復】なら、まだ倒れて無いから使えてそうにも思えるが、元々のガキ自身の体力がわからないからなあ…。
あても無く歩くのはガキの足取りは重い。
普段運動をしていても、歩き慣れない場所や環境だと、疲労は増す。
既にガキの心は折れているように見える。
それでも歩くのを止めないのは、それ以外にどうしようもないからだ。
だが、見渡す限り何にも無いんだよなぁ。
サボテンすら見えない。
最初にサボテンに向かわなかったせいで、早くも水不足に陥っている。
このまま行くと、こいつ死ぬな。
まぁ、考え無しに行動した結果だと言えなくも無い。
いや、だとしても、これはマズくないか?
もし俺がこいつの立場だったら?
チート貰って異世界だー、わー楽しみー。
なんて暢気に思っていたら砂漠に放置。
しかもチートがあるかも怪しい。
下手したら何も無しで、素のままの自分だとしたら。
…俺の体力がこのガキよりもあるとは言えないだろう。
俺がこいつの立場だったら、サボテンから水分や果肉を確保していたとしても、そのまま街に辿り着くことができるとは思えない。
まずは岩がある方へ行って日陰を確保し、サボテンの皮を加工して水筒を作るか。
その上で高い場所へ移動し、集落か緑を探す。
本格的に移動を開始するのはその後、夜になって気温が下がってからの方が良いか。
死なないために考えるのは、当たり前だと思う。
なんでそれをしないのか、こういうガキを見ていると不思議でならないが。
考え無しを地でいってるこのガキは、泣いて愚痴りながら歩いている。
頭が悪いなと思うが、心情的には共感出来る部分もある。
このガキが泣き始めたのは少し前。
ある物を見つけてからだ。
力尽き、干からびた死体。
スルメ程度の水分も残っていないのだろう。
ハエすら集ることが無いその死体は、俺やガキと人種や風体が近い。
この世界の住人の可能性もあるが、あのジジイの犠牲者と考えた方が納得がいく。
「騙された。あのジジイにとってはクズなんだ。最初から殺す気でいたんだ」
ガキの戯言と否定したいが、否定出来る根拠が無い。
何より、俺自身もそう思っている。
もし俺が元の世界でこのガキに出会っていたら、
「死ねばいいのに」
と思っていたことは間違いない。
ガキに対して大人が思う、一般的な反応だと思う。
だが、あのジジイはそれを思うだけではなく、本当に死ぬ様な目に合わせている。
まぁそれに関して言えば、誰だってジジイの立場になればそうするだろう。
少なくとも俺ならそうするから、それは何も悪く無い。
だが、あのジジイがクズだと思う相手全てに対して同様のことをするならば、問題だ。
俺の様に善良で平和的な人間でさえもクズだと勘違いしている可能性があるのだ。
トレードに出されたということだけで。
俺がクズだったらマトモな人間なんて世の中に一握りしかいなくなるじゃないか。
とてもではないが正気の行動とは思えない。
やがて干からびて死体になるガキを哀れに思い、俺は手を合わせて目を閉じた。
生まれ変わったら、分相応なハエにでもなって、腹一杯クソを舐め回すといい。
俺の慈愛に満ちた祈りが届くか、わからないが。
予約投稿で毎日更新されるように投稿しています。
10個くらい予約投稿できるらしいですね。
忘れないうちに、ぽんぽん予約投稿しておきます。