転移する理由が見つからない 019
今回、ようやく蠅の観察世界見物が終了します。
転移する理由が見つからない 019
電気椅子から開放された男は、すぐに拘束具を付けられた。
しゃべることも歩くことも出来ず、ただ運ばれるだけの物と化している。
まぁ、本来なら死んでいるはずなのだ。
動く事を警戒する必要は無い。
だが、ストレッチャーに固定される頃には呻き声を上げる様になった。
運ぶ先の確認をする頃には、生前よりも激しく動き、ガチャガチャと騒がしくなっていた。
近づいて、男の顔を見る。
マトモに見たのは初めてだったが、生前の色は感じられない顔になっていた。
焦点もあわず、ただ喚くだけの物。
最早、人間的な物は形だけで、中身が残っている様には見えなかった。
俺がこの【デッド・テイマー・ワンダーランド】に行った転移者リストを見たときには、名前が黒く染まった奴はいなかった。
だが、こいつはもう死んでいる。
少なくとも自意識は壊れているだろう。
こんな状態になることが、蠅の勧める転移なのだとすれば、何もメリットが無い。
万一、この状態でも意識が残っていたとしたら、なおさらだ。
死んでも終わらない実験材料。
誰がそんなものになりたがるんだよ?
運ばれていく男を見送りながら、俺は目を閉じた。
観察者というものが持つ感覚が、救いようの無いものに思えて、しばらくそうしていた。
「お帰りなさいませ。いかがでしたか?」
親しげな声が聞こえても、俺は目を閉じたままだった。
こいつは「貴方様には楽しんでいただける世界」と言っていた。
「楽しいのか、あの世界が?」
全くわからない。何を考えれば、俺があの男のような状況を楽しめるというのか?
「はて。何やら御不満なようですね?」
目を開けて蠅を見る。
少し首を傾げ、頭を掻いている。
仕草は困っている様に見えるが、蠅だ。
表情では判断出来ないし、腹の中で何を考えているのかもわからない。
「ふむ。【死】を拒む方は喜んで転移をなさいます。貴方様は【死】を拒まないのですか?」
「…【死】、ね」
どうやら俺はこいつを買い被っていたらしい。
魔王っぽくても、会話が出来ても、所詮は蠅だ。
「確かにそうだな。死ぬのは嫌だ」
「私の世界ならば、死ぬ事はありません。例え何があっても」
虫けらにも命がある、という。
だが、理解しているわけでは無いのだろう。
「死ななければ生きている、って訳じゃ無いんだよ。それなら死ぬ方がマシだ」
「………理解できませんな。貴方様には、私の世界は合っていないようです。観察前の御要望通り、他の方を紹介しましょう」
肩を落とし、溜息をつくように蠅が首を振る。
「その前に一つだけ聞いておきたい事がある」
飛び立とうとする蠅を止め、声をかける。
どうしても、これだけは聞いておかないといけない。
「なんて読むんだ、この名前?」
モヤモヤしたままだと、気分が悪いからな。
蠅も複数の世界を取り扱っていますが、テーマは同じです。
他の転移候補者を誘えば良いので、蠅は乗り気でない相手に交渉を粘ろうとしません。