転移する理由が見つからない 017
まだまだ蠅の観察世界を見物中。
そんな中、ちょっとした見世物を発見したようです。
転移する理由が見つからない 017
天井の高さは目測で10メートルくらい。
結構広めの空間があり、やや長方形になっている大きな部屋だ。
競技場のトラックがそのまま入るくらいのスペースがあり、芝生だろうか、短い草で覆われている。
部屋には出入り口が幾つかある。
小さなものは普通のドア程度。
大きなものは四方に1つずつあり、2階建てのアパートなら通りそうな隔壁だ。
その1つ、こちら側の隔壁が開いており、20人くらいの男女が並んでいる。
研究員では無いのだろう。
全員わりと筋肉質で、手には刀を持っている。
光具合からして、鉄ではなくて石か骨っぽい。
製鉄技術が無いとは思えないので、意図的に質が低い武器を使わせているのか。
部屋の中心にいるものが、多分これから戦う相手なのだろう。
煮こごり、と言ってわかるだろうか。
魚などのゼラチン質を利用した、ゼリー状に煮固めた奴だ。割とポピュラーな料理なので、食べたことがある人は多いと思う。
そのゼリー状部分がより粘液状に近い、それでも一応1つに繋がっているらしきものが、部屋の中心で転がっている。
素材になっているのは、人間だ。
転がっている様子を見ると、煮こごりというよりも肌色をした餡かけ肉団子の様だ。
表面に生えた手足で地面を押して、無軌道に転がっている。
顔が下に来るたびに「ぶげぇ」「ぐじゅう」など妙な声を漏らして。
単純に、気持ち悪い。
相対する男女の群れは、声もなく散開して武器を構えている。
だが、仕草が異様だ。
お化け屋敷のバイトみたいに見える。
…いや、本当にそういうアレなのか?
斬りつけ、食いつかれ、黒い血が流れる。
互いに痛みを感じている様子はなく、庇う様な素振りも見せない。
しばらく戦い…と言えるのだろうか。
ゾンビと肉団子の削り合いは肉団子が勝った。
どちらも戦闘効率が悪く、動きも悪かった。
戦っている、という意識があるのか疑問になったほどに泥沼な戦いだった。
…いや、それ以前にマトモな意識がないのか。
無傷とは全く言えない勝ち方で、あちこちから出血している。
手足も結構な数が失われていたが、千切れた手足やゾンビの残骸を傷口にねじ込んでいく。
なるほど、ああやって煮こごり団子になったのか。
凝血作用とか拒絶反応とか無いのかね?
『実験終了。洗浄開始』
スプリンクラーにより洗い流されていく中で、変わらずに転がり、ねじ込んでいるもの。
蠅はテーマを【死】だと言っていた。
それが、「どうやって死ぬか?」というものだと思っていたのだが、違うのかもしれない。
死の克服。
あるいは、欠落。
それがテーマだとしたら、この世界に転移してきた奴らは、どうなったのだろうか。
ぐちゃぐちゃと音を立てて転がる姿に不安を覚え、俺は男のいる場所へと向かう事にした。
転移した人たちが誰も死んでいない。
それが意味するところ、そして蠅のテーマ【死】に対しての理解が深まったようです。