転移する理由が見つからない 014
蠅の観察世界で転移者の様子を観察します。
転移する理由が見つからない 014
それほど多くない候補から選んだのは、【元保 空】と言う名前。
特に理由は無い。
強いて言うなら、「なんて読むんだ?」と思った。それが理由だ。
簡単な漢字だけだが、読めない。
多分苗字は【もとやす】だろうが、【空】は何だろう。そら、くう、スカイ、フライとかもあるのだろうか。
暗く澱んだ空から落ちる雨粒は、風に流されて疎らに壁を叩いている。
裏路地の少年たちは、フードを被り直して雨を避ける。
5人の手にある鉄パイプやチェーンなどは薄汚れている。
赤黒い汚れが何の血によるものか、考えるまでも無い。
「これで今日のノルマ達成だな」
「暴れんな! おい、手伝えよ!」
ゴミと埃に塗れて、頭から血を流している男がもがいている。
チェーンやロープで拘束されるのを、嫌がっているようだ。
男はみすぼらしく、着ている服は汚れ破れていた。
赤黒い血を流す顔には正気の色は無い。
「中年オヤジを集めるとか、向こうでなにやってんだろうな?」
「さぁな。食い物になるんだ。何でもいいさ」
拘束の仕方は雑で、腕が動かなければいい、という程度のものだ。
輪にしたロープを前後からかけて、鉄パイプで突いて歩かせる。
呻き声を漏らしながら、おとなしく男は歩く。
裏路地から出ると、滅びた街並みが目に入った。
ひしゃげた電灯、割れた窓。追突した車は既に鎮火していて、周囲には灯りが無い。
銀座の大通りにも似た、ブランドメーカーらしき看板やネームプレートは割れたり欠けたりしており、元の名前もわからない。
「…行くぞ」
少年の一人がロープを引いて歩き出す。
一人が先行して、もう一人は後方へ。
鉄パイプで突いている奴と、後ろからロープを持ってついてくる奴。
暴れようとする男を制し、周囲の確認をしながら進む彼らの様子は、手慣れたものに見えた。
しばらくして、横倒しになったバスが見えた。
その奥にある隙間から、塀の向こうへと繋がっていそうな鉄の扉がある。
塀の上には見張り台があり、彼らに銃を向けて動かないように声をかける。
そして、扉の前でそのまま待たされた。
…そういえば、どいつが【空】なんだろうな?
前のガキは一人きりだったから気付かなかったが、特にマーカーのようなものはないのだ。
5人の少年たちと、狩られた男。
どれが転移して来た奴なのか、区別がつかない。
【一覧】には名前と生死しか情報がないので、現場で区別するしかないのだが。
名前でも読んでくれればわかりそうだが。
待つのに飽きて少年たちが焦れ出した頃、ようやく扉から人が出てきた。
男を引き取り、食料らしき袋を投げる。
引きずるように扉の向こうへと連れて行かれる男。
自動的に流れていく視界を見ながら、やっぱりこっちか、と俺は溜息を漏らした。
観察者が見せる一覧には名前の記載がありますが、ルビは振ってありません。
しばらく【空】の様子を観察します。