転移する理由が見つからない 012
大慈が蠅を相手に話をするようです。
こうやって書くと蠅を相手に独り言してるようにも聞こえる。
転移する理由が見つからない 012
気になることは幾つかある。
蠅はジジイよりも会話が出来るタイプだと見た。
立場もあるから、全てに満足の行く回答が出来ないとしても、ヒントになる程度の情報は得られるのでは? と思える。
会話が成立しない奴には不信感しか持てないからな。
俺と同程度に紳士的な会話が出来そうな蠅は、相応に信用して良いかもしれない。
まぁ、嘘を吐いたら翅を引きちぎるくらいで勘弁してやろう。
「まず、なんで俺が気絶した? 何をした?」
少なくともあの時、俺は蠅には触れて居ない。
なのに、顔面を強く打ち付けて気を失った。
…もう少しでジジイを打ちのめせたんだがな。
「貴方様は【足場】に落ちたのです。【足場】はすぐに消える訳では無いのですよ?」
手をついた場所も足場という言葉でくくられているようだが、それは良いとして。
歩くだけなら無意識に足場は出来ている。
だが、踏んでいる間だけ足場あると勝手に思い込んでいた。
試しに足先で円を描く。
少し下がり、足下の地面をあえて作らずに自由落下。
円を描いた場所に手をやると、確かにそこある【足場】がちゃんと掴めた。
なるほど。
あの時、蠅が手足を広げた時に足場を作っていたのか。
この世界では足場が目に見えないから、何もないと思って突っ込んでしまった訳か。
「…よし。納得だ。この世界で戦う場合、見えない足場も活用するのは必須だな」
「出来れば荒事は御遠慮願います」
蠅が頭を掻きながら返す。
それは相手次第だな。
ちゃんと礼節をわきまえている奴には、俺だって紳士的に対応する。
まぁ、俺も平和的で善良な小市民だからな。
暴力は嫌いだ。
「お前ら、観察者というのか? それは何だ? どういう存在で、何をしている?」
もし、魔王や神と呼ばれるようなものだとして。こいつらは何を企んでいるのか。
あと、俺のいた世界の、神に当たる奴がこの場にいるのか。
いるなら殴る。徹底的に。
そして人の命を弄ぶような事をしてきた理由を説明させる。
「観察者とは、テーマに沿った世界を観察している者の総称。大した事はしていませんが、貴方様の世界でいうならば、ガーデニングが近いでしょう」
ガーデニング。
「それは世界が植物なのか? 人間が、という意味か?」
「世界の方ですね。貴方様のような生命体はその一部ですが、テーマに合わない場合には今回のようにトレードに出される事があります」
つまり、ガーデニングで植物についた虫や雑草扱いか? いや、トレードしているんだから、間引いた株を分けているような感じなのか。
「何が目的でそんなことをしているんだ? それに、お前らは俺たちに干渉しているのか?」
「目的は観察者次第ですね。育つのを見たいもの、増やしたいもの、収穫して食べるもの、様々な理由です。共通しているのは、直接干渉はしないことくらいでしょうか」
…なるほど、ガーデニングと例える訳だ。
育つ、というのは世界が変わっていくとか、そういう意味か?
なんかそんなゲームもあったような気がするな。何十億年、とかそんなタイトルの奴。
だが、直接干渉はしないのが、共通?
「なぜだ? 神様気取りで降臨してみろよ」
俺の世界でそんなことやったら、即宗教戦争が起きてメチャクチャになるだろうけどな。
「私たちにとって観察している世界は狭いのですよ。意思疎通を計るための、このような場を設けられないほどに。私などはこの場でも狭いほどですから」
なるほど、宗教うんぬん以前に、入れる場がないのか。
質量なのか、概念なのかは知らないが。
入っても植えた物が潰れたら入る意味がないという事なのだろう。
いや、世界そのものを壊してしまうのか。
ん? 一つおかしな事を言ったな?
本作の主人公は「平和的で善良な小市民で暴力は嫌い」です。
少なくとも主人公自身はそう思ってます。