反則
火室は左腕を深紅の槍と化し、アキレス腱から【深紅の吹雪】を吹き出して、甲斐に突進する。
その姿は馬上槍試合において、一騎打ちに挑む騎士。
対する甲斐は、避けようと身をかがめる。
(たとえ避けられようと、自らダウンしようと、この体ごとぶつけてやる!)
あと数センチで【深紅の槍】の先端が甲斐の頭蓋を貫こうとした瞬間、氷室の目に信じられない光景が映る。
(っな!)
”ドドガガッッ!!”
(っぁ!)
次の瞬間、火室の左腕と左こめかみにぶち当たる圧。
それはドロップキックを放った目黒の靴の裏であった。
デッドエンドラインを超え、ぼろぞうきんのように転がる火室の体。
「えっ!? あれ!? ドロップキックが当たったぁ? 城壁は? あ、真理ぃ!」
素っ頓狂な声を上げる目黒は、稲津を確認すると慌てて駆けていった。
何とか体を起こした火室は
『……き…き、きさまぁ! 恥をしれぇ!』
最後の力を振り絞り、目黒ではなく甲斐に向かって怒を放つ。
観客達はなにが起こったのか? いや、なにが起こったのかはその眼で理解できるが、
”どうしてそうなったのか?”
が理解できず、他の観客に問う姿があちこちで見られた。
コート上にはデッドエンドラインを超えて、ボロボロになってもなお声を荒げる火室。
同じくドロップキックを放ち、デッドエンドラインを超えた目黒は、倒れた稲津に声をかける。
そして、腰を落とした甲斐。
さらに、目を見開き、信じられないモノを見た顔をしている白鳥。
そして、強固な防御を形作っていた【対物対魔城壁】は、跡形もなく消えていた。
火室がデッドエンドラインを超えたことで、大凶魔側のレイドは終了したが、未だ《神の眼》からはなんの審判もくだされていなかった。
『ただいまのプレーについてご説明いたします』
《神の眼》の声に我に返る火室。
突如、神の眼を中心に四方に浮かび上がる投影映像。
突進する火室。
かがむ甲斐。
城壁から大きく離れていた目黒は、城壁をぶち破ろうと勢いよくダッシュし、ドロップキックを放っていた。
これら三者がスローモーションで接近する。
そして、目黒のドロップキックがまさに城壁に当たる瞬間! 城壁は忽然と消滅し、火室に直撃する。
”おおっ!”っと揺れる観客席。
『本来、魔具の所持、そして使用は所有者のみ許可されるものであります』
「え? なんで?」
「しっ!」
男子学生AのつぶやきをBが制止する。
『このたび、龍堂学園の競技者が、他の競技者の魔具を所持したことにより……』
『龍堂学園の反則といたし、甲斐選手に《警告》を発します!』
揺れる観客席の空気。
甲斐は握りしめた右手をゆっくり開く。
そこには稲津の魔具であるペンライトがあった。
”おおっ!”とさらに揺れる観客席の空気。
歩が魔具の所持について男子学生Aに説明する。
「おもちゃの杖でもストライカーが持てば立派な武器になるからな。魔具の所持は厳密に決められているんだ」
「ですが、魔女帽子をタキシード男がかぶってましたよね? あれはいいんですか?」
”ぐっ!”と言葉に詰まる歩に奈里が補足する。
「おそらくそれらは魔具ではなくただの衣装だったのでしょう。あのタキシード男の魔具はステッキだったのかもしれません」
「ああ、そういえば、シルクハットだろうが魔女帽子だろうが、ステッキを叩いて変なモノを出していましたね」
納得する男子学生Aと周りの観客。
奈里に向かって手を合わせる歩。
“この借りは高いですよ”とにやける奈里。
『よって、反則を犯した競技者の術は解除されましたが、それによる大凶魔學院の競技者に与えられたダメージ、そして失われた魔力は、規定により回復いたします』
火室の体を淡い光が包み込む。
しかし、目黒のドロップキックによるダメージと、甲斐が反則を犯してからの【深紅の吹雪】で失われた魔力しか回復しないため、ボロボロの火室にとっては焼け石に水であった。
そして甲斐は火室に向かってつぶやく。
『反則が”ルールに記されている”以上、使える戦術は使わせていただきます』
不穏な空気に包まれる観客席。
マギカ・バディにおいても反則ぎりぎり、時には反則を犯すダーティーなチームや競技者は確かに存在するし、ルールにある以上、それを非難する者はいない。
彼らは反則による代償を払って、そのようなプレイをするのだから。
中にはそういうプレーをするチームや競技者のファンになる観客もいる。
しかし、大凶魔學院は絶対的な強者である以上、反則とは全くと言っていいほど無縁であった。
それが、かつて大凶魔學院に在籍した者、さらに全国中学覇者にまで上り詰めたディフェンダーの口からの、反則を是とする告白。
偶然ではない、故意に反則を犯すことで、《神の眼》に【対物対魔城壁】の【解術】を行わせ、さらに、目黒のドロップキックによる攻撃を成し遂げた。
大凶魔派の中には甲斐の裏切りを
『若気の至り』
『一時の気の迷い』
『庵堂龍造にそそのかされた』
と弁護する者もいたが、この言動によって、甲斐と大凶魔學院をつなぐ細い糸がすべて断ち切られた。
『……大凶魔學院はアンティー一人のダウンおよび負傷退場。一人のデッドエンドライン外により2点、反則による3点、計5点獲得。大凶魔学園競技者のデッドエンドライン外は、龍堂学園の反則によるものとし、得点にはなりません』
”おおっ!”と、観客席がより震える。
『よって、現時点での両校の点数の合計は、大凶魔學院14、龍堂学園7』
”うおおおぉぉぉ!”と歓声を上げる大凶魔派の観客。
ダブルスコアになり、気落ちする龍堂学園観客席。
目黒は無言で稲津を横抱きし、ベンチへと運んでいく。
(やったよ! 火室! やったよ!)
この試合におけるポイントゲッターとなった火室を、氷耶麻は火室のマントを抱きしめながら称えた。
しかし、当の火室は甲斐を仕留められなかったため、忸怩たる顔をする。
「お手をどうぞ」
火室に差し出される、白い手袋に包まれた右手。
顔を上げると、白鳥がにこやかな顔で手をさしのべていた。
「なんのまねだ?」
訝しむ火室に、白鳥はより微笑む。
「貴方様の健闘を称えての行いです。少なくとも私は、それくらいのスポーツマンシップを持っておりますので」
「……つまらん男だ」
「はっ?」
予想外の言葉に、白鳥は素で驚いた。
「貴様もマジシャンの端くれなら、むしろ手から花束を出し、我を驚かせるのが当然の行いだろう? 貴様のマジシャン魂とやらは所詮、その程度という訳か……」
「これはこれは」
一本取られたと両の手を広げる白鳥。
「貴様の心遣いは素直に感謝するが、我は至高の頂を目指す者。たとえ中二病と揶揄されようが、己の我は貫かせてもらう」
力を振り絞り立ち上がった火室は、傷ついた左腕を押さえながら、大凶魔學院のベンチへ歩いて行こうとする。
しかし、何かを思い出したかのように立ち止まると、もう一度白鳥へ顔を向けた。
『白鳥とやら、雫をもてあそんだ落とし前は、いずれつけさせてもらう』
(しずく? あぁ、氷耶麻さんのお名前ですか)
「我は……至高の存在になるモノ……誰にも媚びぬ……助けもいらぬ!」
その言葉は中二病ではない、真に高みを目指す漢の言葉であった。
ラインに沿って、体を引きずりながら歩く火室の姿に、観客は拍手すら忘れていた。
『《神の眼》よ! 火室選手に【治癒】の許しを!』
『せめて負傷退場者には【治癒】を!』
『これではただの殺しあいだ!』
大凶魔派の観客達が騒ぎ始めるが、《神の眼》は無言であった。
『火室選手に【治癒】!』
『氷耶麻選手に【治癒】!』
『洞選手に【治癒】!』
【治癒】の心得がある観客は実際に術を唱えるが、【絶対魔防壁】によって阻まれる。
それでもなお唱える観客達。
ついにはまだ競技を続けている夜長に美月、倉に向かって唱え始める。
異様な雰囲気に包まれた競技場内。
甲斐を始め白鳥、目黒もその圧を全身で感じていた。
「会長、次のレイドは? 私ですか? 目黒君ですか?」
「えっ?」
白鳥が甲斐に進言するが、声が届いているかすら判別つかなかった。
『てめぇら静かにしろ! 声が聞こえねぇだろうがぁ!』
稲津をベンチに寝かせた目黒は、観客席に向かって声を荒げた。
『《神の眼》よ! 観客を静かにさせてください! これでは作戦がたてられません!』
白鳥が《神の眼》に向かって抗議するが、なおも《神の眼》は無言であった。
――《神の眼》に抗議できるのはキャプテンのみ。もしキャプテンが退場したなら、それに準ずる者のみである――。
さらに
『金剛選手に【治癒】!』
『鳥居選手に【治癒】!』
『稲津選手に【治癒】!』
「お、おい、どうなっているんだ?」
動揺する目黒に向かっても
『目黒選手に【治癒】!』
『白鳥選手に【治癒】!』
龍堂学園の選手に向かっても【治癒】を唱える大凶魔派の観客達。
しかし、ある選手の名前だけは叫ばれなかった。
『これで……これでいいんだ。制裁の生け贄は……私一人で』
目を閉じた甲斐の顔からは、なんの迷いも憂いもない、澄んだ微笑みが浮かんでいた。




