吹雪の突進
「氷耶麻!」
火室はすぐさま氷耶麻の元へ駆け寄ると、あられもない姿を隠すため自身のマントをかぶせ、氷耶麻を横抱き、俗にいうお姫様だっこで抱え上げベンチまで運ぶ。
力なく垂れ下がる氷耶麻の腕と脚。
意識のない唇の端から一筋の紅が伝い落ちていった。
火室は片膝をつき氷耶麻の体をベンチの上にそっと乗せると、垂れ下がった二つの手を腹の上に置き、自身の手を重ねた。
まるで、氷耶麻を護れなかった自分を懺悔するかのように……。
”パァーーーーーン!”
火室の背中、観客の鼓膜、そして競技場の空気を切り裂くような音が、夜長の手と美月の頬から放たれた。
一騎打ちを邪魔した美月に対する、夜長からの制裁の音。
下を向く美月の唇からも、一筋の紅が伝い落ちる。
火室も倉も振り返らず、制裁の音を背中で聞いていた。
しかし、夜長は怒りも冷淡も吐き出さず、ただ歯を食いしばり、美月をにらみつけていた。
自身の未熟と油断によるメンバーの負傷退場は、キャプテンである夜長の罪。
しかし、美月の”掟破り”のおかげで、夜長の罪は薄まる。
それがわかっているからこその、憤りの平手打ちであった。
(脆い……。魔術遣いとやらは、こうも脆いのか……。これが前年度中学覇者の姿なのか……)
倉は分厚いその背中で、二組の魔術遣いの脆さを感じていた。
幼なじみの氷耶麻がやられ、気落ちする火室。
そして、掟を破った美月と、部下が掟破りをしておきながら、メンバーを負傷退場させてしまったキャプテンの夜長。
倉の視線の先には、気を失った鳥居が白鳥と目黒によって担架に乗せられる。
ゆっくりとベンチへ運ばれていく横では、甲斐が心配そうに鳥居を見つめていた。
(甲斐よ……おまえはこんなにも脆い我らを見限って、龍造先生の元へ……)
”パシッ!”
思いも寄らぬ考えに、倉は慌てて両の手のひらで頬を叩く!
(なにを迷う! なにを惑わされる! 俺一人で龍堂学園を全滅させれば済むことだ!)
『大凶魔學院のレイダーは、相手コートのアタックサークルへ。十……九……』
闘志を燃やす倉の耳に、《神の眼》の声が届けられる。
試合の流れを変えるため、倉は力強い一歩を踏み出そうとするが
『……夜長様、次のレイダーはぜひこのわたくしめに』
ピッチに戻った火室が、氷の炎を両眼に宿しながら、夜長に向かって恭しく礼を捧げる。
火室の冷たくも熱い覚悟に自身を落ち着かせた夜長は、無言で頷いた。
そして火室は、倉に近づくと耳元でささやく。
『……倉よ。夜長様と美月さんを頼む』
それは鳥居と同じ、不退転の決意を秘めた言霊。
たとえこのレイド、この試合で龍堂学園に勝っても、自身は三回戦以降の試合には出られる体ではない、決死の覚悟。
「わかった。撃ち漏らした敵は、俺が片付けておく。お二人の手を煩わせることはないだろう」
離れていく氷室の背中に向かって、倉は答えた。
アタックサークルに入った氷室は龍堂学園のメンバーを確認する。。
人数は減っていたが、先ほどのレイドと同じシフトが、デッドエンドラインぎりぎりに展開されていた。
火室の視線の先、菱形のシフトの頂点には甲斐。
その後ろには白鳥と目黒。
そして最後尾には稲津。
(ふん! 馬鹿の一つ覚えみたいに)
冷たく微笑む火室。
「やっこさん。どうやら”イッチまった”みてぇだぜ。ああいうおとなしいヤツが”プッツン”するのが一番やべえんだ」
中二病とは違う雰囲気を感じ取った目黒が、メンバーに危険を伝えた。
『三……二……一……』
「【魔氷弾】!」
中二病特有の長ったらしい詠唱ではない、ごく普通の詠唱が逆に、火室の”プッツン度”を表していた。
火室の伸ばした五指の先から【魔氷弾】が放たれると
「【対魔防壁】!」
甲斐もすぐさま詠唱し、メンバーを防御する。
火室は左右の指先を交互に向けながら次々と【魔氷弾】を発射し、甲斐に近づいていく。
”!”
目黒がフェイントで体を動かすと
”!”
火室はすぐさま後退し、再びアタックサークルから【魔氷弾】を放つ。
今度はより近づく火室であったが、白鳥と目黒が体を動かすと、再び後退していった。
「くそっ! イライラさせやがるぜ!」
「落ち着いてください目黒君。彼はああやって私たちの間合いを計っているのですよ」
「わ~ってるよ!」
一進一退の火室の攻撃を、甲斐は正確に防御するが、異変に気づいたのは目黒だった。
(防壁の展開が、遅くなっている!?)
「【対魔防壁】!」
腕を振り【対魔防壁】を展開する甲斐であったが、今まで腕の振りと同時に展開されていた防壁が、明らかにワンテンポ遅れていた。
「白鳥ぃ!」
「わかっています!」
白鳥も防壁の展開の遅れ、そして甲斐の消耗を感じ取っていた。
「目黒君! 彼が後退したあと、最初の一歩を踏み出した時に行きます!」
「オッケー白鳥! タイミングは任せるぜ!」
五指五体に力と魔力をみなぎらせる白鳥と目黒。
「今です!」
「うおおおぉぉぉ!」
白鳥の合図と共に、二人は甲斐の背中から飛び出す。
「なにっ!」
すぐさま二人に向かって左右の五指を向ける火室であったが、白鳥と目黒はまっすぐ向かってこず、左右に大回りしながら火室へと突進していった。
それによって、火室の両腕の角度が三十度、六十度、そして九十度と広がり、胸が開く。
「稲津さん!」
「はいっ!」
甲斐の合図によって稲津も甲斐の前へ飛び出す。
握りしめたペンライトの先端を氷室の胸元へ向けると、体中から無数の光の糸を生じさせた。
(この距離なら【氷の靴】による突進、そして【魔氷弾】を発射する前に【カミナリ】を放てる!)
生徒会会計を任される稲津の計算能力は、火室までの距離、そして【魔氷弾】を放つまでの時間を一瞬で計算した。
『おおっ!』
どよめく観客席。
大凶魔派の人間でさえ、龍堂学園の勝利を予測する。
しかし。
『こうも我の思い通りになるとはなぁ……』
中二病に聞こえる氷室の声。
だが声の質は、悪魔のつぶやきそのものであった。
『【吹雪の突進】!』
”ブオオォォォーーー!!”
火室の両アキレス腱あたりから、ジェットエンジンのように吹雪が噴射される。
”ドン!”
競技場を貫くように、火室の体は稲津へと突進する。
「えっ!」
猛スピードで近づく火室に、稲津の体は一瞬固まった。
『【氷拳】!』
さらに火室は、左の肘から指先までを凍らせ、氷の拳を形成させた。
(右手からの【魔氷弾】か? 左手の【氷拳】による物理攻撃か?)
甲斐もまた火室の攻撃を読むために一瞬、動きが止まる。
『【対物対魔……城壁】!』
力を振り絞り、稲津の前に【対物対魔城壁】を展開する甲斐であったが、明らかに二テンポ遅れ、さらにその速度も一瞬ではなく、まるでオペラカーテンのようにゆっくりと展開していった。
火室から見て、左から右へと展開される【対物対魔城壁】。
それでも火室が稲津に肉薄する直前、二人のあいだに城壁が展開された。
(間に合った)
安堵する甲斐であったが。
『見切ったり! 【対物対魔城壁】!』
火室はすぐさま右九十度ターンし、展開される城壁を追い越そうと【吹雪の突進】をより加速させる。
そして【氷拳】に包まれた左腕を伸ばし、展開される城壁の先端をわしづかみにした。
”パキバキパキィバギィ!”
【氷拳】と【対物対魔城壁】。
二つの魔術が砕け散る音が、競技場にこだまする。
「ぬおおぉぉ!」
右足を浮かせ、【吹雪の突進】を左足だけに集中させ、城壁の内側へ体を潜り込ませようとする火室。
”パキバキパキバァキィィーーン、
【氷拳】が跡形もなく砕け、
”ズバズババズバァ!”
【対物対魔城壁】の砕けた破片がローブを切り刻み、左腕に無数の切り傷を与える。
「左腕の一本ぐらいくれてやるぅ! ぬおおおおぉぉ!」
魔術遣いらしからぬ咆吼は、火室に最後の力を与え、
”ドギャギャギャ!”
床を削るように体を回転させながらジャンプした火室は、城壁の内側へ入ることに成功した。
『おおおおお!』
龍堂学園コートを二分する城壁。
コートの五分の四以上を占める外側には白鳥と目黒。
そして五分の一以下の内側には甲斐と稲津、そして雄叫びを上げる火室が立っていた。
『【対物対魔城壁】! 破れたりぃ!』




