プロローグ
昔、学生時代に大好きだったゲーム作品がある。もともと小説が大好きで物語の世界に思いをはせることが好きだった私は、友人に勧められるまま魅力的なキャラクターが織りなすストーリーにハマった。
その作品がきっかけで私は所謂オタクの道へと突き進んだし、魅力的なキャラクター達は私の胸を占領するものだから、深みという深みへと落ちて行った。
いうならそれこそまさに初恋泥棒だと思う。ようやく友人たちが云う恋心を理解したのに、その相手が私を認識もしない相手だなんてあんまりだ、と形だけの絶望をとる。でもそれでも画面を見てるだけで楽しいのは間違いないので、本当の絶望とは程遠かったのだけど。
そんな事を思った日から何年もの月日が流れ、残念ながら当時の私の思いは数年の間に薄れ作品が完結した後一年足らずで新しい新連載のキャラクターへ心変わりしていったのだが……。勿論いまだにあの作品への愛は変わらずあるけれど。
二十歳となった今もキャラクターと作品は変われども、変わらず抑えきれない恋心を抱いて胸をときめかせている。もちろん、現実との区別はついている。というか、つきたくなくてもひしひしと感じてしまう。
だって、だって。
オレンジ色の古臭い部屋の照明に照らされたスマートフォンの画面を見つめる。その無表情でありながら人形のような瞳に私が映ることはない。どんなに恋焦がれていても、それは結局叶うことがない。
……別に、生身の男子に抵抗があるわけでもないけど。でも、いまどきの日本にこんな優しくて思慮深い紳士なんていない。たとえ叶わなくてもいいと思わせるほど魅力的なこのゲームとキャラクターが悪い!
八つ当たりと開き直りの境界線上に胡坐をかいて、二年前からハマっている配信型乙女ゲーム「英雄コレクション」のアイコンをタップした。リリース当初にメインキャラクターである双子の王子リオールとカインの麗しさと壮大なストーリーに一躍大ブームを巻き起こした人気作である。有料版では全エピソードボイス付き、なんていう特別版も出されたほどだ。もちろん購入した。
だが、今の情報社会の中で人気が何年も続くなんてことは難しく、私が推しているサブキャラクターのシアンのエピソードが公開されはじめた頃にはSNSでも名前を聞くことが極端に減っていってしまったのが現実だ。いまじゃゲーム会社も新作作成に忙しく、配信型乙女ゲームとは名ばかりの状態が続いている。
画面の中のシアンが子犬のように眉を下げてプレイヤーに言葉を投げかける。イヤホンをしていてもかすかにしか聞こえない音量はゲーム会社の強いこだわりなのだろうか。薄く紫がかった銀髪は細やかに描かれていて、緑色の瞳はいつだってきらきらと輝いてみえる。下がった眉を似て、彼を笑顔にしたいと思うのに、出てきた選択肢はどちらも彼を否定し、拒否する言葉なのだから頭を抱えてしまう。
もしも。もしも私がこのゲームの主人公のようにふわふわとした、まるで砂糖菓子のような女の子だったなら。珈琲なんて苦い飲み物も飲めないような女の子だったら。そうしたらこんな風に白馬に乗った王子様が迎えに来てくれたのだろうか。
「……はぁ~、本当に、もう」
まあどうせ本当にこんなきらびやかな世界に生まれてたら私なんてそこらへんの石ころがお似合いだけど。溜息を吐いて、選択肢を前に目を閉じた。次の配信がされるまで、シアンと結ばれるルートは存在しないのだ。これ以上はもう何度もプレイした結末しか用意されていない。シアンのほかにいる26人の攻略キャラクターと結ばれるしかない結末。
明日こそ、シアンの。小さいころから不幸でしかなかったシアンの幸せな未来が用意されてますように。私が(プレイヤーが)彼を幸せにできますように。
ゆっくり更新ですが、よろしくお願いします。