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お月見団子をおすそわけ

作者: 八島えく

   お月見団子をおすそわけ


「よーっし、できたぞーっ」

 さる厨房で額の汗をぬぐいつつ、クシナダ姫は思わずこぼした。


 中つ国で人間と共存している八百万の神々の一柱であるクシナダ姫は、友人である童女――トヨウケ姫の頼みにより、月見団子を大量生産していた。

 大まかな下ごしらえはトヨウケ姫がすでに準備を終えており、あとはクシナダ姫が最近購入した新しい鍋で火を通すだけだった。

 この日一日は団子調理で費やし、外はもう逢魔が時を迎えている。


「ありがとー、クシナダ!」

「いいのよ、トヨウケちゃん。わたしもお料理好きだから」

「えっへへー。そういってもらえると嬉しいのだ!」

 トヨウケはむふーっ! と顔をほころばせる。クシナダの腰ほどしかない身長のトヨウケは一見すれば人間の子供にも視えるが、れっきとした八百万の神々の一柱である。ついでにいうとあの天照の食事管理は全てこのトヨウケが引き受けている。


 居間の卓上に並べられた団子の数、軽く100は越えるだろう。

 何せ日本には八百万と神々が暮らしている。彼らに配る分の団子なのだから、むしろ100では足りないかもしれない。

 トヨウケが団子を皿に乗せて、味付けにと用意したみたらしのたれや醤油やあんこを小さな壺にそれぞれ入れる。そしてそれらを均等に分け、風呂敷に包んでいった。

「じゃあこれから、わたしはお団子を配りに行ってくる。クシナダはもう少しお団子を作っててくれる? 材料は冷蔵庫に入れてあるから」

 タスキと三角巾をしゅっとほどき、トヨウケは風呂敷包みを抱え上げた。トヨウケの愛らしい童顔が風呂敷で隠される。

「わかった。気をつけてね。あ、何なら私の夫を護衛につけても大丈夫よ」

「スサノオを? わー、それは百人力だ! そんじゃいってきまーす!」

 はいはーい、とクシナダはトヨウケにひらひらと手を振った。



 陽が沈んでも、クシナダはせわしなくも笑顔で、団子をこねては鍋に入れてを繰り返していた。

 どの団子もまんまるで歪みひとつなく。満月のように完璧な球体を為している。

 料理は作る方も食べる方も好きなクシナダは、美味しい物を食べるために無意識に腕を磨き、今となっては日本の女神の中でもトヨウケと並んで料理上手女神として名高い地位を上げている。


 月見の団子を作る人手が欲しい、とトヨウケが会いにきたとき、クシナダは喜び勇んで「手伝う!!」と宣言した。その時の声たるや、ご近所まで聞こえるほど。隣にいた夫スサノオもあまりの大声に固まっていた。


(今宵は十五夜だもの。お月見においしいお団子と渋いお茶があったら、それだけで楽しいじゃない)

 クシナダは鼻歌まじりに、完璧な球体をどんどん作り上げて行った。


 トヨウケが30往復ほど屋敷を行ったりきたりする頃には、神々に団子を配り終えたようだった。

 畳の上に敷かれていた掛布団にぼすっと顔から飛び込み、両手両足を大の字に広げている。

「ふいー……終わったぁ……」

「お疲れ様トヨウケちゃん。ごめんね、途中で交代すればよかったわね」

「いいのいいのー。クシナダの方がお団子きれいにつくれるから」

「それはそれは」

 一仕事やり切った女神二柱は、熱い緑茶で一息ついた。

「ありがとねー、クシナダ。私だけじゃきっと終わらなかったよ」

「気にしないで。むしろわたしの方が感謝しなくちゃ。こんな楽しいお仕事、手伝わせてもらったんだから」

「えっへへ、それは嬉しいなぁ」

 お茶を飲みほしたトヨウケが、そっと小さな風呂敷包みをクシナダに差し出す。

「あら、これは」

「これはクシナダのぶん! 今日のお礼には足りないかもしれないけど、お団子! と、お酒! まだ夜は長いからね、スサノオとお月見する時間はたっぷりあるよ!」

「まあ……ありがとう、トヨウケちゃん! そうね、あのひとったら、わたしが留守にすると言ったら、子犬みたいな目で見送ってたものね。じゃあ遠慮なくいただくわ」

「うん! 今夜の月はきれいだぞー! お酒もすすむしお団子もおいしい」

「そうね。じゃあ、わたしはこれでお暇するわ。ありがとうトヨウケちゃん。ゆっくり休んでね」

「クシナダもね! 良い夜を」

「お互いにね」


 クシナダは風呂敷包みを優しくしっかり胸に抱き、帰路につく。

 冷たい風が穏やかに吹き抜け、クシナダの髪を遊ばせた。

 雲に隠れた満月が、夜道をやんわりと照らす。


(旦那様、お団子を気に入ってくれるといいけれど)

 弾む足取りで、クシナダは屋敷へと帰って行った。



   了

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