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文明の濫觴  作者: 烏木
第6章 交流を深めましょう
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第18話 蜂蜜と初顔合わせ

オリノコの皆さんの美浦見学は雪月花に任せてブンブンに来ている。同行者は安藤くん岸本さん美野里の三人。ブンブンといっても野生動物観察小屋ではなく養蜂場の事。稲刈りが想定以上に捗っていて時間が空いたのだ。


「“山”と“甲”と“丸”はいけると思います。“四角”と“中”と“菱形”は怪しくて“ペンタゴン”は無理だと思います」

「“中”はいける。“丸”以外の図形シリーズは止めた方が良い」


“山”だの“ペンタゴン”だのというのは巣箱につけている目印の事。蜜蜂は左右相称(シンメトリー)な図形を識別しているとの説にしたがって付けている。“山”と“中”と“甲”は初年度に俺が捕獲した群れ。


普段巣箱の管理をしてくれている安藤くんと岸本さんがどの巣箱は採蜜して大丈夫かを教えてくれる。二人は三日に一度ぐらい巣箱を確認してスムシなどを退治してくれている。釣り餌に良い物が無いか聞かれた時に教えたらやってくれるようになった。


「外形からすると由希っちを支持するけど最終的には開けてからかな?」

「じゃあ、先ずは“山”からやってみようか」


底板を外して巣の中を確認していた美野里がそういうので巣箱を開けてみる事にする。固定具を外して屋根と上蓋をとるとスノコ越しに巣の上部を観測できる。みっちり巣が詰まっているから大丈夫だろう。


「いけるね。採るよ。準備して」


最初に重箱全体を持ち上げて巣門箱の上に重箱を継ぎ足す。

ニホンミツバチの巣は上から作られていき、幼虫が孵った跡に蜜を溜めるような感じで下に下に作られていく。上から“蜜を貯めるところ”“花粉を貯めるところ”“幼虫を育てるところ”“雄蜂や女王蜂を育てるところ”となっていて、重箱式の養蜂では一番上の貯蜜域だけを採って残りの部分はそのまま残されているから巣がそのまま維持できるのが特徴。蜜が詰まった最上段だけを採るのだが、最上段にも蜂はいるので重箱を継ぎ足す事で彼らの逃げ場を先に用意してやる。


次にスノコと重箱を切り離す。

スノコと重箱の間にヘラをかましてそこからテグスを入れて切る。

この時に限らず作業中に注意しないといけないのが蜜蜂を傷付けたり殺したりしない事。基本的には温厚なニホンミツバチでも仲間が殺されたら攻撃的になる。

だからスノコを軽く叩いたり息を吹きかけたり送風機で風を当てて蜂を逃がしてから作業しないといけない。


「しっかり蜜蓋がかかってる。大丈夫だね」


花の蜜は糖度が低いがそれを蜂蜜作成係の働き蜂が羽で扇いだりしながら水分を蒸発させて糖度を高める。高めきったら蜜蝋で蓋をして貯蔵するから蜜蓋がかかっている巣房は蜂蜜ができあがっている巣房。

ざっと見たけど八割ちかくの巣房に蜜蓋がかかっているし空の巣房もほとんどない。美野里のいうとおり採っても大丈夫だろう。

最上段と直下の箱の間も同じようにして切り離して蜜の滴る巣箱を容器にしまう。


スノコをセットして上蓋を被せて屋根を取り付けて固定すれば一丁上がり。この間およそ三十分。


二時間半ぐらいかかって“山”“甲”“中”“丸”の四つから採った。蜂蜜は一箱から五キログラムぐらい採れるらしいので二十キログラムぐらい採れると思う。


“四角”“菱形”“ペンタゴン”の三つは巣の育ち具合が怪しかったから今年の採蜜は諦める。巣が十分育っていない時に上を切り離すと巣板が落下してしまう。夏場など気温が高い時は蜜蝋も柔らかいから十分育っていても巣落ちしやすく慎重な作業が要求されるとか。巣落ちしたらその巣は全滅と思って良い。蜜蜂にしても突然巣が壊れるような場所は怖くて営巣できないから逃げ出してしまう。


蜂の巣(ソヤチセ)! 蜜蜂の巣(ネクソヤチセ)!」


ハニーコーム――ハニカム:直訳すると蜂の巣――と言われる蜜の詰まった巣板を昼食のデザートに出したら大好評だった。


第二便だけがありつけるのも何なのでオリノコへのお土産の分のハニーコームを確保しておいて、残りは蜂蜜と蜜蝋を採る。


巣箱の上だった方から巣板にナイフを入れ、逆さまにしてこちらからもナイフをいれる。そうすると、重力に従って蜂蜜が垂れ落ちてくる。巣は上向きに作られている(そうじゃないと蜂蜜製造中に零れ落ちてしまう)ので元々上だった方を下にすると効率が良い。一昼夜ぐらいかけて六、七割ぐらいの蜜が採れるらしいから十キログラムぐらい採れるのかな?


セイヨウミツバチの養蜂でよく使われる巣枠を使う方法だと蜜蓋を削ぎとって遠心分離機にかけるのが一般的だが、ここでは巣房の壁をナイフで切って滴る蜂蜜を集める。


圧搾しても良いのだが――というか最終的には圧搾するのだが――自然に垂れ落ちる“たれ蜜”の方が巣の破片や花粉などが少なくて品質が良いのだとか。


■■■

このハニーフィーバーに与れないのが乳児の有栖ちゃん。蜂蜜は一歳を越えないと危険なので止むを得ない。というかまだ三ヶ月にもなっておらず離乳食もまだ早い。


有栖ちゃんとは今回が初顔合わせになる。

七月十二日生まれ……俺と佐智恵と同じ誕生日だ。

まだ首が据わってないから抱っこするのは結構ドキドキする。


「はじめまして有栖ちゃん。ノリ小父さんだよぉ。お誕生日が一緒だねぇ」

「フギャー」

「おお、よしよしよしよし、どうしたどうした」


抱き方が悪いのか泣き出してしまった。四十秒で泣かれるとは情け無い。


「ノリ兄ちゃん、それおしめだよ」

「えっ? ああ……おっ、大っぽいですね。えっと静江さんお願いしても」

「奈菜さん奈菜さん、お尻拭きとおむつ二つお願い」

「はーい」

「ノリ兄ちゃんは後学のために見といで」

「へ? まだ予定も何も無いですよ」

「離乳食始めたらとたんに臭うのよ。お乳しか飲んでないうちは臭わないから今のうちに慣れとかないと世のお父さんのようにおむつ換えで嘔吐(えず)く羽目になるからさ」


聞いちゃいねぇ……


「でさ、ノリ兄ちゃんには悪いけど、布おむつのやり方覚えて皆に教えておくれ。私の教え方が悪いんだろうけど、恵さん(お母さん)奈菜さん(ママ)も今一つなの。助けておくれよ」

「そんな無茶な……」

「とりあえずやってみて。いいね。先ずは見本をみせるから」

「かしこまりました」


……いつの間にか俺がおむつを換える事にされている。

そして逆らえない。

もうそういう運命だと諦めよう。人間諦めも必要だ。


「ここにこんな風に寝かせて」

「こうですか?」

「そうそう。それでね……」


女性用下着の洗濯方法に続いておむつの換え方と後処理もできるようになりました。きっと“できる主夫”になれます。はい。


栗原さんは心身ともに低調で、奈菜さんと雪月花の判断で隔離して静江さん恵さん奈菜さんの三人がお母さん役を務めている。有栖ちゃんは栗原さんにとっては乱暴された証であり、ある意味では憎しみの対象でもあるから止むを得ない。


母乳は早々にとまったそうで、ミルクはヤギ乳を与えているとの事。ヤギの乳は人間の母乳と成分が近く代用可能なのだそうだ。哺乳瓶は和広ちゃんと江理ちゃんの使っていた奴を使っている。


ヤギの泌乳期が終わったらどうするのかと聞いたら、周年繁殖っぽいヤギに種付けしているから基本的には低温保持殺菌(LTLT)法でパスチャライゼーションしたヤギ乳でいけるとは思うが念のために濃縮ヤギ乳を冷凍保存しているとの事。


ミルクは一日に一リットルぐらい必要らしいから……一歳まで与えるとして残り九ヶ月強だと最悪三百リットルぐらい要るって事か。冷凍庫は百リットルタイプなので生乳の状態だと入りきらないな。


濃縮しても量が量なので現在冷凍庫は有栖ちゃんのご飯が占領しているが、ある程度の量の余裕がでたら解凍してシェーブルチーズを作ると美野里と奈緒美が言っている。


有栖ちゃんはまあ良いとして栗原さんが心配。特に精神状態が。直接何かができる訳ではないから心配して回復を祈るぐらいしかできないけど。

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