第16話 帰還
オリノコを一日見学した翌朝に使節団は帰路についた。
ハツ村長と相談して各集落向けに竹筒に入れた塩と干し鮎をお土産に持たせたから、彼らもある程度面目も立つだろう。ただ、申し入れについては検討してから回答するとし、ホムハルを回答先にする事を確認した。
今後どうするかはまだ決められない。美浦とオリノコで協議しないといけないし、一対一や一対多の関係ではなく多対多の関係についても考慮しないとど壷に嵌まる可能性もある難しい舵取りになりそうな気がする。
ともかく、初耳だった集落をまとめるとこんな感じ。
ミツモコ
推定石灰岩を持ってきた集落。
岩崎の東側の山の向こうにあり、オリノコとフマサキの中間ぐらいに位置する感じ。ただ、ミツモコからオリノコに来るにはホムハルあたりまで行かないと大川が渡れないらしい。
仮に大川が加古川だとすると小野市とか三木市あたりか?
コロワケ
猪を飼育している集落。
ミツモコと同じく大川の東に位置する。ホムハルから見て、ミツモコやサキハルよりは近いらしい。
フマサキを有馬温泉の北とするならサキハル・ヒノサキ・フマサキは神戸市北部から三田市にかけてになるのでコロワケは加東市とか篠山市あたりと思われる。
コクダイ
熊の毛皮と言ってきた集落。
ホムハルの上流に位置するがミヌエとは別の川沿いにある。
山の中だがやや開けた高台にあると言っていた。
西脇市・丹波市・篠山市あたりかな。
ハクバル
コクダイから更に山中に分け入った先にある。ミヌエとも近くてハクバルから北に向えばミヌエに至るらしい。そうすると丹波市か篠山市あたり。ミヌエを水別れとするとミヌエは丹波市になるからハクバルも丹波市になるのか?
気になる情報としては集落から少し離れた草原には槍のような角を二本生やした山のように大きい生き物を見かけることがあるらしい。
ワバル
傷薬的な事を言っていた集落。
ミヌエから川を下っていくとホムハルの手前に支流が合流するのだが、その支流を遡ったところにあるらしい。となると西脇市か丹波市あたりかな。
ホムハルより北にあるコクダイ・ハクバル・ワバル・ミヌエの集落は冬場は積雪があり酷いときには腰まで積もる事もあるらしく、冬場の食糧と柴薪の確保や毛皮などの防寒具は重要な関心事らしい。そういう事は聞いていなかったのでミヌエ出身のアモさんに確認したら“そういえばそうだった。すっかり忘れてた”と脱力する回答があった。
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ともあれ、使節団関連は非常に疲れた。
今後の事は将司や雪月花などの適任者に丸投げして俺が何かしないといけない事になるまでは店晒しにするつもり。それ以外にもした方がいい事やしなければいけない事はあるのだが、美浦訪問の第二便の出発は明々後日なので纏まった仕事はできない。というかやる気が出ない。
そういう訳で膝にソピアを載せてモフって癒されている。毛を櫛で梳かしてゴミとか蚤とかを取り除いてから撫でまくっている。こういう時はおとなしく撫でられるソピアたんは空気が読める良い娘なんだ。
室内飼いじゃないので蚤やらダニやらは宿命だから毛を梳いて取り除くのは日課みたいなもの。やけに目の細かい猫を梳かす専用の櫛まであって何と黄楊で作られている。
硬くて丈夫で加工の狂いも少ないのが黄楊の特徴なのだが、木目が非常に細かいという事からも分かるとおり育つのに非常に時間がかかる。下手すると樹齢何百年なんて事もあるから殖やして使うという手は実質的に無理。後世の人のために殖やすのは殖やすが、俺ら世代がそれを利用できる事はまずない。
だから貴重な黄楊を猫用櫛に加工する事に異論はあったし猫用を先に作る事に女性陣の不満が無かった訳ではない。それらに対して“人間は風呂に入れるし自分で洗えもする。猫様の櫛の方が優先されるのは当たり前だろ”と言い放ったのは匠。我が友ながら怖いもの知らずだな。
「酷いです! 今日は私の番ですよ……もう……さあソピア、おいで」
俺の太ももに顔を擦り付けポンポンと撫でた後、美結さんに向かっていくソピア。
「ムカゴの素揚げとツガニ汁が食べたいでーす」
「はいはい。かしこまりました」
みんな大好きツガニ汁。
モクズガニ用の篭漁にまで手を出した黒岩さんはヒーローになっている。食事が“それしかないから”ではなく好みや楽しみになるのは良い事だ。
作るの俺だけツガニ汁。
潰すのは疲れるし竃だと火加減の調整が面倒だからか誰もやりたがらない。
絶対黒岩さんも作れると思うんだけど頑なに作れないと言い張るんだよな。
誰か後継者を育てないと……
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予定通りの日程で第一便が帰ってきた。
「お帰りなさい」
「ただいま。何か変わった事はあったか?」
「……ややこしい事があったので後で時間ください」
「あんたがややこしいって……聞くの怖いな」
「あはははは」
苦笑いしかでない。
「荷物どこに運びゃいい?」
「ストーブ以外は一旦広間にでも」
「ん。皆さーん! ストーブ以外はカムサキまで運んでくださーい!」
「アー!」
「仕分けはお任せしても?」
「おう」
運んできてもらった荷物などは黒岩さんに任せてストーブに取り掛かる。ストーブは鶏小屋の暖房用なので鶏小屋に直接運んで組み立てる。本体は重さが百キログラムぐらいあるので陸揚げと運搬は……
「楠本さん、文昭、お願いします」
「おう!……係留状態よし! 養生よし! 玉掛けよし! いけます」
「構え 三、二、一、今……よし行くぞ! 前へー進め! 左、右、左、右」
一番重たい本体は二人にお任せして陶製の煙突を運ぶ。
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ストーブの設置が終わった後、カムサキの広間に全員を集める。さしずめオリノコ総会といったところか。美浦の感想とか諸々の話をしながらの晩餐の後に重たい話題を切り出す。
「近隣の集落から交流を密にしたいと申し入れがありました」
『どこの集落?』
「ホムハル、ミツモコ、コロワケ、サキハル、ヒノサキ、フマサキ、コクダイ、ワバル、ハクバル、ミヌエ……以上の十集落からです」
使節団を見ていない一便組はザワザワしだした。
「今後どうするかはまだ何も決まっていません。ただ、何らかの交流は必要だろうとは考えています」
『私も同じ考え』
『私もだ』
観測気球はこんなものかな?
◇
オリノコ総会が終わって各自の家や部屋に戻った後、黒岩さんと吉崎さんが訪ねてきた。
「東雲さんよぉ……ちょっち良いかい」
「ええ。大丈夫ですよ」
「めんどい話ってさっきのアレだけかい」
「いえ、実はもう一つあります」
「三人の人事異動かい?」
「お聞きになられましたか」
「ああ、さっき三人から聞いたが本当かい」
「本当ですよ」
「……そうか。やっぱ風紀面の問題かい」
「何の事でしょう? 私は美浦から三人を戻すよう言われただけです」
「いや、立前はいいから」
「別に立前も何も無いのですが……人選に不満でも? 黒岩さんと吉崎さんも戻りたいのですか?」
「全く無いとは言わんが、俺はそんな無責任な真似をするつもりは無い」
「私もそうです」
「それを伺って安心しました」
「……二人が妊娠したからなの?」
「え? そうなのですか? ……仮にそうだとしても今回の異動とは関係ありません。あくまで美浦の都合と聞いています。まあそうだったとしたら、ある意味では丁度良かったとも思います。これから冬を迎えるとなると母体保護の面で言えば美浦の方が安心できます」
「ああ、なるほど。それもそうだな。俺らは気を付ける事にする」
「よろしくお願いします」
それにしても俺らね。
全部掌の上か……やっぱ雪月花怖い。




