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文明の濫觴  作者: 烏木
第6章 交流を深めましょう
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第15話 使節団

使節団はハテさんを含めて二十人の男性で、オリノコ側はハツ村長と旦那さんのタロさんが対応していた。そこにハロくんと俺が加わる形。

美結さんには夕食の準備をお願いした。


少し離れた場所でハツ村長とタロさんの二人に状況を確認すると、彼らは近隣の十の集落から交渉にきた使節団で、彼らの主張を単純化して分かり易く言えば“見たこともないような素晴らしい品がホムハルに贈られたって聞いたんですけど僕たちも混ぜて”っ事らしい。

要望内容がオリノコ単体で済む話ならともかく、美浦の産品が関わるのでハツ村長では対応が取れないので俺に対応して欲しいとの事。


俺がこれまで聞いている近辺の集落はホムハル、ヒサイリ、ミヌエ、サキハル、ヒノサキ、フマサキの六つだから四つの集落は初耳かと思ったら初耳は五つ。ヒサイリからは来ていない。

初耳の集落の中にはハツ村長もタロさんも初耳という集落も含まれていた。


待ってもらっている彼らには悪いが落ち着いて考えよう。

先触れもなかったんだから追い返しても良い案件だと思うから多少時間をもらうぐらい構わないよね。


一応は他集落との交流に関してのガイドラインは検討していた。しかし、十集落合同というのは想定していなかった。自給自足な感じだったので婚姻関係以外ではそれほど交流が深いとは思えなかったから徐々に交流を広げていく方針だった。

想定していた状況と異なる以上、それに拘るのは愚の骨頂というもの。


美浦については、今年の米の作況はこれから余程の天変地異でも起きない限り今年の収穫で二年近く食いつなぐ事ができる量のお米が採れる見込みとの事。拉致られてからの一年半に渡って見え隠れしていた食糧問題はほぼ解消したと言っていいだろう。


そして田畑や灌漑などの初期投資は粗方終わっている事もあり、今後は付加価値が高い物や嗜好性の強い物、さらには娯楽にも今まで以上のリソースを割くことができる。つまり美浦から出せる物は結構ある。でいいかな?


次にオリノコだが、焼亡した栗林の代替は川魚とジャガイモとサツマイモである程度できる見込み。蕎麦、粟、稗といった雑穀の収穫も現状では問題ない。稗は精白方法を変えた事で歩留まりも良くなっている。


まだまだ不十分ではあるが危機は脱したと思う。病院で例えると集中治療室(ICU)から一般病棟に移ったあたりってイメージだな。美浦としてもライフスタイルを魔改造してしまったので今更手を引くことも難しい。


……おそらくオリノコは今回の十集落合同の申し入れを断れない。断れないどころかむしろ積極的に推進する姿勢を見せないと立場が無いんじゃないか?

そうしないと下手すると独占しようとしていると見做されて孤立してしまいかねない。婿取りや婿入りからハブられでもしたら非常に拙い。


程度はともかく何らかの交流は必至だな。

二人にその辺りを確認したら申し訳なさそうに肯定された。先触れもなくきた彼らを追い返せなかったのもそこらが絡んでいそうだ。


彼らの言う“見たこともないような素晴らしい品”とやらは塩壷なんだろうけど念のために現物でも確認したいのでタロさんに塩壷と幾つかの産品を持ってきてくれるようお願いした。


彼我の我の次は彼我の彼である仮称十集落同盟だが確かなものが何にも無いので全て推測になる。


個別に来るとかじゃなく纏まってきている。これが偶然というのはでき過ぎな話だから誰かが音頭を取って集めたんだと思う。たぶん独占とか抜け駆けとかの防止辺りが理由と思われる。それなり以上の統率能力というか影響力がある人物の存在が示唆される。二十人の団体を先触れも無しに送ってくるって何考えてんだと思わなくもないが、先触れがあったら断っただろうから強行策に出たのかもしれない。


それらを踏まえてだが、交流を持つ事自体に異論は無い。

それが友好的で双方に利益のある関係であれば申し分無い。

問題は美浦(俺ら)は彼らについて何も知らないという事と交流を持ったとして美浦が享受できるメリットが何なのかと言う事だな。


メリットの多寡で付き合いの深浅が決まるのだから、彼らからその辺りの情報を引き出すのは最低条件といったところか。最終的には美浦総会に諮る必要があるとはいえ、判断材料は確保しておかないと話にならない。


タロさんが戻ってきたのでシンキングタイムは終了。

ハツ村長、タロさん、ハロくんの三人に補足をお願いして現地語で話しかけるとしよう。一応自己紹介をした後に彼らの目の前に塩壷を置く。さて、交渉開始だ。


『ホムハルへの贈答品はこれと同じ。何と交換できる』


塩壷だけだと弱いかもしれないのでタロさんに見繕ってきてもらった産品もお披露目する。彼らがピンと来てない物もタロさんやハツくんがデモンストレーションすると唸り声が上がる。


『鹿の角を……こんだけ』

『うちなら鹿の毛皮も付ける』

『……熊の毛皮』

『猪』

『宝玉を……』

『怪我に付けるの』


同じ集落の者同士で相談しながら出せる物を言ってくる。


別に競りじゃないからね。

それと一回だけって訳じゃないからね。

毎回出せる物でいいのよ。


え? 猪なら飼育しているから大丈夫って? 傷薬も時季が来たら作れるからバッチ来いって?


色々な石が採れるって? じゃあ堅い石とか柔らかい石とか綺麗な石とかはある? ある? 持って来てるって? 見せて見せて……これ、ひょっとして石灰岩か大理石じゃね? 貝灰も作ってるけど色々限界があるから石灰岩だったら大量に採れますように。


石じゃないけどキラキラした砂はどうだって?

砂金だったら貨幣もありかもしれないし、砂金じゃなかったとしても黄銅鉱(黄銅(真鍮)ではなく銅の硫化物)とか黄鉄鉱とか石英とかでも使い出はある。


■■■

美結さんから食事の用意ができたと連絡があったので食堂に場所を移して夕食を振舞う。はじめてオリノコに来た際に作った石組炉の脇に東屋を建てて皆で食べられるようにしているので、そこで食べてもらう。


時間が無かったのと手で持って食べられる物という縛りがあったので、晩餐のメニューは厚切りベーコン、カボチャ、茄子などの串焼きに鮎の塩焼きと鰻の白焼き(切って串に刺した奴)それと箸休めにキュウリの漬物と沢庵漬。


美結さんと手伝ってくれたマツさん、ナツさん、ありがとう。


食事は好評だったのは良いが……彼らはどこで寝るつもりなんだ?

一人二人ならともかく、団体さんを泊めるような場所はオリノコにはない。ホムハルには近隣からの訪問者が重なる事があるので、訪問者用の建物があるそうだが、そういう事と無縁だったオリノコにそれを求められてもって困る。


ハツ村長とタロさんにその辺りを聞いたのだが、広場か食堂で雑魚寝かオリノコを出て野宿ぐらいしかないというのが二人の意見。掘立柱建物(カムサキ)の広間という手もないではないが、二人に言わせると“とんでもない”らしい。


これまではどうしていたかと聞くと、来訪者は精々二、三人だったので縁者や有力者の家に泊めていたそうだ。だけどさすがにこの人数でそれは無理。そもそもこんな大人数で訪問される事自体が前代未聞との事。

二人の意見に同意する以外の道が無い。


あっ、ハツ村長がハテさんを呼んで使節団から見えない場所に連れ出して懇々と説教している。そしてハテさんは項垂(うなだ)れながら聞いている。別にハテさんが悪い訳ではないと思うのだがハツ村長からすれば文句の一つ二つぐらい言わねばやってられないのだろう。

そして姉に頭が上がらないのかハテさんは抗弁の素振りすら見せない。俺には実姉はいないし義姉(兄嫁)は優しいので実感は無いのだが、弟というものは姉には逆らえない運命らしい。


“姉に逆らう弟はいねぇ。兄に逆らう弟や妹、姉に逆らう妹はいても姉に逆らう弟だけは存在しねぇ。そんなものが存在できる道理なんかこの世にある訳がない。これはもう大宇宙の絶対法則より確かな真理だ。嘘だと思うなら姉のいる奴に聞いてみろ。百パー同意してくれる”とは将司の言。

大宇宙の絶対法則より確かな真理とやらはここでも通用するのかもしれない。


使節団の皆さんが食堂にしている東屋でお休みになった後、美浦に連絡をとり将司と雪月花にこっちの状況を伝えて当面の対応と今後の方針案について確認した。

向こうは第一便が着いているから誰も気付かないもしくは出られない可能性が高かったので駄目元だったのだが運良く繋がった。


■■■

翌朝からの使節団の畑見学・用水路見学は美結さんに任せて、もう一つの懸案に取り掛かる。


「お言葉に甘えて美浦に戻りたいと思います」

「三人の総意でよろしいですか」

「はい」

「……分かりました。半年間お疲れ様でした」

「申し訳ありませんでした」

「美浦に戻っても楽な道だとは思わないでくださいね。私が言うのはアレですけど、本田さんはお父さんになるのですから」

「はい」

「……では荷造りしておいてください。後の調整はこちらでしておきます。それと……オリノコに挨拶はしていきますか?」

「できれば……」


“できれば”どうなのだろう。

“できればやりたい”“できればやりたくない”どっちとも取れるんだけど、表情や声色から言って“できればやりたくない”だな。やりたいのであれば“是非”とも言えるのだし。ここらの曖昧さと察してくれるのを期待するあたりは日本人的だな。


「分かりました。ただ、黒岩さんと吉崎さんへは各自でお願いします」

「……ええ。そうします」

「表向きは美浦の都合による人事異動とする予定ですがよろしいですか?」

「重ね重ね申し訳ありません」


御礼の意味で詫び言を使うのも日本人的だな。


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