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文明の濫觴  作者: 烏木
第6章 交流を深めましょう
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第12話 焼成

空き家を燃やして処分するという事を勝手にこっちの風習と思って軽く考えたのだが、後で思い返すとちょっと引っかかるものがあった。


焼失したと思われる竪穴住居の遺跡はあるにはあるがそんなに一般的ではなかったと記憶している。それはそうだろう、焼失住居跡が一般的だったら教科書に何らかの記載があると思う。つまり焼亡させるのは住居の処分方法としては一般的では無いのだと思う。


合間に匠に確認したが、焼失住居跡は確かにあって火事で焼けたと思われるものもあるが、中には物品が何もなくて(もぬけ)の殻の状態で薪の燃えカスだけが残っているなど火事とは考えにくい物が何例も発見されていてその意義を巡って色々と学説・仮説があるとかないとか……


彼らがどういう意図で焼亡させると言い出したのか。掘立柱建物(カムサキ)で雪月花がハツ村長と話をしている筈だからちょっと顔を出そう。


「ハツ村長の言う通り焼いてしまいましょう」

「イライケ」


ん?顔を出したらもう話が畳まれていた。やけに早いな。

そう思っていたら雪月花が説明してくれた。


「ダムナティオ・メモリアエって事よ」

「豪く大仰じゃね?」


ダムナティオ・メモリアエってのはラテン語だっけ?直訳すれば“記録や記憶や名声を破壊する”かな?古代ローマで反体制的な者などに対して行った、その者が存在した記録などを抹消する処置の事。他にも色々あるけどこういう事を制度化していたローマにはいつも畏怖と違和感を感じてしまう。


「ジャガイモ持って行ったんでしょ?事故があった時に関係していると思われたくないじゃない」

「そりゃぁ済まなんだな。そこまで考えが回ってなかった」

「関わりを無くしておいた方がいいし、焼き討ちしたらその象徴にもなるでしょ?悪くないというか良い考えだと思いますよ。それに燃やすなんて過激な事を言い出したのは決別のけじめって側面も否定しません」

「ダムナティオ・メモリアエかはともかく“除名処分・追放処分にしています。うちとは関わりないです”と主張するって事ね。了解」

「サのやはいないものとして何のアクションもしないって事にしますから」

「それでいいのか?何か引っかかるんだけど」

「薮蛇の方が怖いです。何かあっても態々宣伝はしていませんがオリノコの者ではありませんって事で」

「……うん。了解した」

「よろしくお願いするわ。それはそうと焼く準備はお任せしても?」

「匠と協同でやるよ。確かここと似たような住居を燃やす実験をどっかでやってた記憶があるから」


後で匠から聞いたが、岩手の一戸(いちのへ)町にある御所野遺跡で土屋根の竪穴住居の焼失住居跡が発見され、その住居を復元したあとに焼失させる実験をした事があるそうだ。実験が行われたのは一九九九年だから俺らが小学校に上がる前の話。俺はどこでこの話を聞いたんだっけ?


■■■

「えらく早いな。面倒な話だからもっと掛かると思ってたぞ」

「俺もそう思ってたんだが拍子抜けだった」


勇んで出て行った割に直ぐ帰ってきた的なばつの悪さがある。

焼き場の方を見ると三人は時折土器に棒を突っ込んで転がしながら焼面を変えている。


「コーン状だから円周に沿うように転がしてるのか……だから真ん丸な焼き場だったんだな」

「尖底土器って案外こういう理由だったのかも知れないな」

「言われればそうかも知れないって思えるね」


「そろそろ焼き上がりっぽい感じだ」


戻ってきて十分もしない内に匠がそう言った。


「一時間も経ってない気がするが……早過ぎないか?」

「そう言われても……実験の時は煤が取れてきたあたりでできあがりだったんだが……」

「東雲くんの言う事は分かるよ。辛うじて素焼きって感じにしか思えんからな。でも焼き物の原点が見れた事は良い経験だよ」

「おっ、動きが変わったぞ」


見ると干草をバンバン()べだした。全体が干草に覆われれば炎は見えなくなるがこんなんで火が消える訳がない。尤も、それは分かっているようである程度の干草を焼べたところで三人とも距離を置いた。


干草の山のあちらこちらから白煙が噴き出してもうもうとしてきて、やがて黒煙が混じり出したと思った瞬間に煙が一気に炎に変わり猛烈に燃え盛った。十メートル以上離れているがそれでも熱を感じる。


「ひょっとしてフラッシュオーバーを狙ってる?」

「フラッシュオーバーって?東雲くん」

「明確な定義はないのですが、火事の時に輻射熱などで周りの可燃物が引火点や発火点を越えてしまい一気に燃え広がる現象と思ってください。多数の可燃物が一気に燃えるので千度を超える事もあるそうです」

「ほう。野焼きで千度ねぇ」

「可能性ですよ。千度まで上がるかも未知数ですし、それに狙ってやっているかも分かりません」

「バァーってなったバァーって」

「そうだね。怖かったかい?」

「ううん。凄かった」


干草を焼べるのを三度ほど繰り返したところで満足いったのかアケさん、カエさん、ハロくんの三人が近付いてきた。


「消える 待つ マ 触る 待つ(火が消えて触れる様になるまで待つ)」

「イライケ ありがとう」


■■■

土器が冷めるのを待つ間にもう一つのイベントをこなすことに。

サのやの竪穴住居を焼亡させる。


土葺の竪穴住居って人造の洞穴といってもいいんで空気循環が良いとは言えず、中から焼亡させる勢いで燃やそうにも直ぐに酸欠で鎮火してしまう公算が高い。かといって外から燃やそうにも外は土なので大したダメージは受けない。なので、空気循環が良くなるよう屋根に排煙用の孔をあける事にした。

聞かれるのは不本意とは思ったけど剛史さんの意見も聞いて決めた場所に孔を開け、柱に薪や焚き付けを組んでいき床面にも薪柴を敷いていく。


「東雲さん、準備はよろしいですか?」

「OK!いつでもいいぞ」

「ハツ村長」

「ネコナ(お願いします)」

「では、処分を開始します」


太陽光着火器ソーラーファイヤースターターで着火した焚き付けを手渡してくる雪月花。俺にこういう危険作業が回ってくるのは止むを得ない。

他の焚き付けにも火を移しながら竪穴住居に入っていき、奥から順に火を点けていく。


組んでおいた薪と焚き付けに火の点いた焚き付けを突っ込んで枯草と柴を被せる。

手早くやらないと煙に巻かれるのでスピード重視。もし火が点かなかった所があっても他が点いていれば何れ燃えるだろうから質より速さ。いのちだいじに。

出入口まできて振り返ったら半分ぐらいの箇所は火が点いていないが、半分ぐらいはちょろちょろとだが炎と煙を上げている。問題ないだろう。


「煙が上がり始めた」


二、三分もするとうっすらとだが白い煙が開けた孔から吐き出されはじめた。中を見ると床に敷いた薪柴にも火が回り煙が充満している。


「そろそろ離れてください」


バックドラフトかフラッシュオーバーが起きる可能性があるので近付かないよう促す。出入口に置いた薪の炎と煙が中に吸い込まれているので酸素供給は今のところ良好と判断しているがそうなるとフラッシュオーバーがありうる。

今のところバックドラフトが起きる可能性は低いが、何らかの要因で酸欠状態になった後に天井の崩落とかがあるとバックドラフトも起こりえる。


たいていの事に“何とかなるでしょう”“何とかするよ”と言っているので楽天的と言われる事もある俺だが、自己分析では危険な物は危険と認識して対策を立てて臆病なぐらいに安全側に振っている。


初めはうっすらだった煙だが、もくもくという形容が似合うようになる。


「そろそろ屋根が抜けてもおかしくないな」

「そうだな。いつフラッシュオーバーが起きても不思議じゃない状態だ」


煙がもくもく出ているという事は天井付近は煙が充満している証。天井が可燃物(土が落ちてこないよう内側には樹皮や枝などが使われている)なのでいつ発火してもおかしくない温度まで上がっているだろう。


「東雲さん?フラッシュオーバーってそんな早く起きるものなのですか?」

「木造だったら五分とかで起きるぞ」

「そんなに早く」

「普通の木造住宅なら初期消火は火災発生から二分以内がほぼ限度。火が壁面ぐらいまでなら不可能とは言わないけど天井までいってたら初期消火はまず無理。だいたい二分三十秒ぐらいで天井まで炎が回わる。そんで状況次第だけど発生から五分ぐらいでフラッシュオーバーが起きて全面的に燃え出す。そうなるともう延焼を食い止めるぐらいしかできなくなってだいたい二十分ぐらいで焼け落ちるって感じ……おっ息継ぎしてる。そろそろくるぞ」


通気口と出入口から炎が噴き出てくる。フラッシュオーバーが起きたな。


「屋根が抜けた」

「後はもうドミノ倒しだな」


土を支えていた天井部が焼損して支えられなくなり孔が開く。そうすると酸素の供給が増えるので更に燃え盛る。こうなっては今はまだ原形を保っている残りの屋根材や梁や桁が焼け落ちるのも時間の問題。支えを失った土屋根が崩落するのも。


三、四十分ぐらいで屋根が全部落ち、小一時間で自然鎮火した。


■■■

土器の取り出しも終わり、陶芸組は陶芸談義で盛り上がっている。

日も傾いてきたのでそろそろお開きにしよう。そう思った頃、雪月花に酒があるか聞かれた。


「一応、俺の取り分が一升近く残ってるけど」

「なに!?半月分も残ってるのか!?ちょっとくれ」

「敷島さんそれは後にして。東雲さん少し融通してもらっても?」

「分かった分かった。二人にお裾分けするからそれで良いな」

「ありがとう。どこかでお返しするわ」

「いやいい。俺はほとんど飲まんからたいてい誰かにやってる」

「……定期的にこようかな」


二十歳以上の大人一人につき一ヶ月に二升の酒の取り分がある。

三日で二合だから飲兵衛には足りないだろうが、たいていの人には十分過ぎると思っている。奈緒美は自分や文昭の飲酒量を基準に考えているようだけど、自分達が人の十倍は飲むのを忘れているか目を逸らしていると思う。

それと、現状では俺が酔っぱらう訳にはいかないからほとんど口にしていないのは事実。誰かに振舞ったり料理に使ったりが主な用途になっている。


まぁ余らす筈も無いが一応“余ったら返せよ”といって四合入っている壷を文昭に渡して追っ払う。


「盃と湯呑、どっちで何個」

「湯呑二つでお願いするわ」

「深酒はせんようにな」


お盆に湯呑と四合壷を二つずつ載せる。


「あら?」

「一升二合も一升近くだろ」

「確かに嘘はないわね」

「ここの人らも酒は強い。下戸はいないから」


黄昏時を過ぎ月明かりの下でお盆を持つ雪月花の後ろを卓一脚と椅子二脚を持ってついていく。行き先はサのやの焼け跡。

焼け跡で辛うじて原形に近いものは炭化した柱が数本。もの寂しいものがあるその焼け跡の傍に佇む人影が一つ。


「ハツ村長」


卓と椅子を設置したら“ごゆっくり”と声を掛けて後にする。

祝杯という雰囲気は全く無く、どちらかといえば通夜振る舞いに近い。ハツ村長はサニ女史とそんなに歳も離れていないので色々思うところもあるのだろう。


夏の外飲みか……誘蛾灯だけだときついかな?後で蚊取り線香も差し入れしよう。

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

また学術的な正しさを保証する物でもありません。


えっと……土器の焼成方法ですが作中の方法が本当に行われていたかは分かりません。というか作者の妄想の産物ですのであんなやり方はしていないかと……


野焼きと寝かせて転がしながらというのは、専門家の研究成果などからそういう方法でも行われていた可能性が高いと作者は思っています。もちろん他の方法もあって一つの方法しかなかった訳でもないようです。しかしそれ以外の部分は学術的な裏付けは一切ありません。

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